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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

ベンチャー起業への投資の際に必要な投資契約とは? 優先配当条項を解説

日本でもスタートアップやベンチャー企業が多く誕生するようになりました。起業にあたっては、自己資金で立ち上げるものから、ベンチャーキャピタルや投資家から資金を集めるパターンなど、様々な方法があります。では、投資家が投資する際に、企業との間で交わされる投資契約とは一体どのようなものなのでしょうか。

投資家にとって重要なのは投資に伴うリスクをできるだけ軽減することですが、投資契約における「優先配当条項」はリスク軽減のための大切な条項です。

そこで、今回は投資契約における「優先配当条項」についてわかりやすく説明します。

投資契約とは

投資契約は、ベンチャーキャピタルなどの投資家がスタートアップやベンチャー企業に投資する際に締結しますが、法律で特に定められているわけではありません。

しかし、経営が不安定なベンチャー企業などには、出資後の株価下落や、場合によっては倒産するなどのリスクがあるため、投資家はそのリスクをできるだけ軽減するために投資契約を締結するのが一般的です。

投資契約で投資の内容について定める主要な項目は次の4つになります。

  • 株式に関する事項(種類、株数、株価、払込条件など)
  • 投資条件に関する事項
  • 投資撤退に関する事項
  • イグジット(IPOやM&Aなどによる投資資金の回収、利益の獲得)に関する事項

株式の種類は大別すると「普通株式」と「種類株式」に分けられます。本記事のテーマにある優先配当権を設定した株式も種類株式の1つです。

優先配当権とは、配当金を普通株主より先に受領したり、高い配当金を受けたりする権利のことですが、優先配当権付の種類株式を発行する場合には株主総会を開催し定款の変更を決議しなければならないため長い時間と煩雑な手続がかかります。

そこで、より簡単に優先配当権を設定するために、種類株式を発行せずに投資契約の中で優先配当に関する条項(優先配当条項)を規定する方法もよく用いられます。

投資契約における優先配当条項の目的

株式公開を目指しているスタートアップやベンチャー企業は、収益を上げても株主には配当することは稀で事業資金に回すことが一般的です。

投資家も配当を期待しているわけではなく、IPOなどのイグジットによって大きなリターンを得ることを目的に投資していることが多く、これらの点を考えると優先配当条項の必要性はそれほど大きくないともいえます。

では、投資契約において優先配当条項を設ける目的はどこにあるのでしょうか。

その目的は投資家と出資を受ける企業によって異なります。スタートアップやベンチャー企業側の主な目的は優先配当権とセットで次のような条件を設定することで、資金調達と安定経営を両立させることです。

  • 株式の譲渡制限
    会社の承認なしに株式譲渡ができないため、会社が望まない第三者へ株式が渡ることを防止できる
  • 議決権の制限
    株主総会における議決権を制限することで、株主の経営関与を抑制し自主的な経営が可能になる。
  • 普通株式よりも高額な販売価格
    出資額に対する株式の発行数が少なくなり、創業者の持株比率の低下を抑制できる。

一方で投資家の主な目的は、不安定なスタートアップやベンチャー企業への投資リスクを軽減させることと、IPOやM&Aなどのイグジットの際にできるだけ多くの分配金を獲得することです。

特に、金融機関や事業会社などから集めた資金で投資ビジネスを営むベンチャーキャピタルでは、投資契約において可能な限り有利な条件を獲得することは必須となっています。

投資契約における株式買取条項について詳しく知りたい方は、下記記事にて詳述しているので、本記事とあわせてご覧ください。

投資契約における優先配当権の種類

優先配当権の定め方には決まった形式はありませんが、大きく分類すると4つの類型に整理することができます。

参加型/非参加型とは

優先配当の支払後に実施する普通配当に対し、優先配当権を持つ株主が受けることができるかどうかで参加型と非参加型に区別されます。

参加型

優先配当権を有する株主(優先株主)に対し所定の優先配当金を支払った後、配当可能利益が残っている場合には【強調】普通株式を有する株主(普通株主)とともに再度配当を受けられる【強調】もので、投資家はメリットが多いので参加型を選択することが多くみられます。

非参加型

優先株主に対し所定の優先配当金を支払った後、配当可能利益が残っていても優先株主は配当を受けないものです。

累積型/非累積型とは

優先株主に対し優先配当金の全額が支払われなかった場合に、不足分を繰り越すことができるかどうかで累積型と非累積型に区別されます。

累積型

特定の事業年度において優先株主に対する配当金が所定の額に満たない場合に、その不足額を翌年度以降の配当金に加算し累積するものです。

配当を実施しないスタートアップやベンチャー企業などにとっては負担になりますが、投資家にとってはメリットがあります。

非累積型

特定の事業年度において優先株主に対する配当金が所定の額に満たない場合に、その不足額を翌年度以降に繰り越さないものです。

「残余財産優先分配権」と「みなし精算条項」の組合せ

優先配当権と似た優先権として「残余財産優先分配権」があります。これは米国などで投資契約を行う際にはよく設定されますが、優先分配権と混同しないように簡単に説明します。

優先残余財産分配権とは、会社の清算時における残余財産の分配にあたり、優先株主が普通株主よりも優先的に一定の分配金を受ける権利のことです。

しかし、投資した企業が精算ではなくM&Aによって譲渡される場合、優先株主に支払われる金額は株式の種類にかかわらず持株数に応じた金額となり、高額で優先株式を購入した投資家は損をすることになります。

そこで、株主間契約において投資先の企業が譲渡される場合には、精算したものとしてみなす「みなし精算条項」を設けると、優先株主には前項の「優先残余財産分配権」が適用され譲渡金額を残余財産とみなして分配されるため、より多くの金額を受け取ることができるものです。

投資契約におけるみなし精算条項について詳しく知りたい方は、下記記事にて詳述していますので本記事とあわせてご覧ください。

投資契約における優先配当条項の条項例

具体的な優先配当条項について、中小企業庁が公開している株式投資契約の条文を紹介します。

第5.7条(優先配当)

1.発行会社は、本払込期日から3年が経過した日以降、分配可能額の範囲内において、法令及び本株式発行要項に従い、投資家に対して、毎事業年度に1回、A種優先株式に係る優先配当を行うものとする。

2.発行会社は、本払込期日から3年が経過した日以降、法令及び本株式発行要項に従い投資家に対して年5%の配当を行うことができるよう、分配可能額を確保するために商業上合理的な範囲での努力を行うものとする。
(出典:中小企業庁 投資契約書のひな形について 資料5:株式引契約

この条文のポイントは次の2点です。

  • 会社法上は、発行会社が剰余金の配当を行う義務はないが、発行会社に対し投資家への優先配当を義務づけている。
  • 会社法上は、剰余金の配当は分配可能額の範囲内でのみ実施できるが、発行会社に対し分配可能額を確保する努力義務を負わせている。

なお、発行会社の負担を軽減する場合には、優先配当は一定の分配可能額を超過する範囲内で実施する旨定めることも可能です。

また、第2項で発行会社に対し努力義務ではなく優先配当を義務づける場合には、参加型/非参加型および累積型/非累積型の区別について規定する必要があります

非参加の場合の条文例

A種優先株主に対し、優先配当金を超えて剰余金の配当は行わない。

非累積型の条文例

ある事業年度において、A種優先株主に対する優先配当金が年5%に満たない場合には、その不足額を翌事業年度以降に累積しない。

通常は、本条文とセットで前述の「優先株主の株式譲渡制限」「優先株主の議決権の制限」などを定めます

まとめ

サンプルの条文では、A種優先株式のみについて規定していますが、スタートアップやベンチャー企業の場合には複数回の資金調達を行うため、新たな優先株式を発行することも珍しくはありません。この場合、優先株主間契約で優先配当の優先順位を定める必要があります。

このように優先株式を発行する場合には、さまざまな点を考慮して投資契約や株主間契約を作成しなければならないので、独自に判断するのではなく専門的な知識や経験が豊富な弁護士に事前に相談することをおすすめします

当事務所による対策のご案内

モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。スタートアップやベンチャー企業への投資の際には投資契約書の作成が一般的です。当事務所では、東証プライム上場企業からベンチャー企業まで、様々な案件に対する契約書の作成・レビューを行っております。もし契約書についてお困りであれば、下記記事をご参照ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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