IT・ベンチャーの企業法務

個人エンジニアが企業との共同事業で事前作成すべき契約書

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個人エンジニアが企業との共同事業で事前作成すべき契約書

当事務所は、元ITエンジニアが代表弁護士を務める法律事務所として、企業側からのみならず、エンジニア側からの法律相談を受けることもあります。一つの類型は、「個人として、ある企業と共同で新規事業を進めていたところ、企業側から十分な分配等を受けることができなくなっている」という相談です。例えば、以下のような状況です。

  1. 個人エンジニアとして、ITに必ずしも強くない会社による、新たなシステムの自社開発を当初から手がけていた
  2. 当該システムは性能の良さもあって売上が伸びている
  3. 株式の分配や、売上ベースでの利益分配などを求めたが、会社側がこれに応じてくれない

こうした状況で、個人エンジニアは何を考えるべきなのか、また、そもそも、こうした状況は何故発生するのか、どうすれば予防することができるのか、という点について解説します。

共同事業に関する紛争は契約書があれば防止できる

まず、先に結論を述べれば、こうした状況を「予防」することは、実のところ簡単です。回答は単純で

そうした事態になることに備え、前もって、以下のような内容を含む「共同事業契約書」を締結しておけば良い。

ということになります。共同事業契約書には、例えば、以下のような定めを置くことが考えられます。

  • 当該システムに関する著作権は自身と会社の共有とする
  • 売上の●%が自身に分配される
  • 株式譲渡の定め

これらを最適なバランスで設計し、前もって締結しておけば良い、ということになります。

ただ、実際問題として、こうした契約の締結は後回しにされがちで、だからこそ、上記のような問題は表面化しやすい訳です。

  • 問題が表面化した際には、権利関係などはどのような問題状況となっているのか
  • 前もって共同事業契約書を作るには、どのような方針で設計を行えば良いのか
  • とはいえ、契約未締結のまま問題が表面化しがちなのは何故なのか

といった点について、以下、順に解説します。

共同事業におけるプログラムソースコードの帰属

プログラムソースコードの著作権は、一概に個人エンジニアに帰属しない場合もあります。

上記のような問題が表面化した段階では、個人エンジニアとしては、会社に対して主張できる最大の「権利」は著作権である、ということになります。プログラムのソースコードは、著作権の対象となる「著作物」です。そして、ソースコードの著作権の帰属は

  1. 原則的には、そのコードを書いた者に帰属する
  2. コードを書いた者が、企業に雇われているなど、一定の条件を満たす場合には「職務著作」となり、会社側に帰属する
  3. 契約上で著作権帰属について定めがある場合にはその定めに従う

という規則に従います。したがって、

  1. 原則的には、コードを書いた個人エンジニアに帰属する
  2. 個人エンジニアは企業側の従業員ではなく、職務著作は成立しない
  3. 契約上の帰属の定めに従うが、「契約書」は存在しない

という事になります。これだけで言うと、著作権は個人エンジニア側に帰属しそうですが、ただ、万一この紛争が裁判になった場合、裁判所は、必ずしもそのような判断を行いません。

なお、そもそもシステム開発に関する契約は契約書がなくても成立するのかという点については下記記事にて詳細に解説しています。

契約書がない場合はファジーな判断になってしまう

システム開発の案件ではありませんが、駅に設置するモニュメントのデザインを巡って、デザインを行った個人デザイナーと、発注を行った会社の間で著作権帰属が争われた事案で、東京高裁は、平成16年5月31日、

  • 契約書が存在しなかった
  • 当該モニュメントは、当初から会社の指揮下で駅に設置されることが予定されており、それ以外の用途は想定されていなかった
  • 会社は、個人デザイナーに対し、対価を支払っていた

といった点を根拠に、個人デザイナーから会社への著作権譲渡を認めました。

このように、契約書等の書面がない場合、委託側への著作権の移転があったか否かは、様々な事情を根拠として、委託者・受託者の合理的な意思を探る、という形で判断されます。言い換えれば、非常に「ファジー」な判断となってしまい、明確なルールがない、ということです。例えば、「ソースコードを書いたことに対する対価がどのような形で支払われているか」という点は、上記の「ファジー」な判断の中で、概ね、下記のように取り扱われているものと言えます。

  • 月額費用といった形で支払が行われている→保守なども含めたトータルサービスの対価であり、また、特に受託側が個人の場合は給料類似の金員と評価されやすく、委託側への著作権移転を肯定する方向
  • バージョンアップなどの際に都度都度見積取得が行われている→単純にそのバージョンを作ることの対価と評価しやすく、委託側への著作権移転を否定する方向

「共同事業」のような形で個人エンジニアが会社から受託を行う場合、その報酬は月額費用といった形で支払われることが多く、結果として、会社への著作権移転が肯定されやすいという傾向があるのです。また、少なくとも、個人エンジニア側として、書面等が存在しない場合、「著作権は明らかに自分の方にある」とは言い難い状況になってしまうのです。

これら、ソースコードの著作権の帰属に関しては、下記記事にて詳細に解説しています。

共同事業に関する契約書で定めるべき事項とは

こうした状況になってしまう根本的な理由は、事前に契約書を作っていないことです。……と、言われても、「前もって契約書を作るのは現実的ではない」と、直感的に思ってしまうかもしれませんが、その話は後述します。まず、あるべき契約書について先に解説します。

著作権に関する定め

契約書では、上記のような話から明らかなように、著作権についての定めを置くべきです。個人エンジニア側から見れば、「個人として、会社との間で、共同事業のような形でシステム開発を行う」ということの最大リスクは、そのプロジェクトが収益化された後に「切られる」ということです。つまり、後述するように、例えば「売上金の20%が個人エンジニアに支払われる」という契約を締結したとしても、その契約自体を終了されてしまえば、結局収益を得ることができなくなってしまいます。契約を終了させないためには、「権利」を自身の側で持っておくことが重要であり、その「権利」の中で最重要なものが著作権です。著作権について、

  • 著作権は個人エンジニアに帰属する
  • 著作権は会社と個人エンジニアの共有とする
  • 著作権は会社に帰属するが、会社は個人エンジニアの許諾なくこれを行使・譲渡等することは出来ない

といった定めを置いておけば、会社側から見て、「個人エンジニアを切ると事業を継続することができなくなってしまう」という状況となるため、上記のような形で「切られる」ことを防ぐことができます。

なお、ITシステムと著作権の全体像に関しては、下記記事にて詳細に解説しています。

対価に関する定め

また、対価の定めも、当然に必要です。こうしたケースに限った話ではありませんが、「共同で事業を行う」という場合、売上が立たない側は、利益ベースでは無く、売上ベースでの分配を受ける方が有利です。つまり、例えば

  • 会社は、個人エンジニアに対し、当該システムにかかる事業の利益の●%を支払う
  • 会社は、個人エンジニアに対し、当該システムにかかる事業の売上の●%を支払う

なるべく、後者とすべきです。個人エンジニアは、会社に発生した売上も、各経費の金額も、その経費が本当に「その事業のため」のものなのかという点も、正確に把握することができません。売上金を得るのも、経費を支払うのも、その経費で得たもの、例えば人員を管理監督するのも、結局のところ会社だからです。そしてその中で、売上金が、最も把握しやすいものであると言えるでしょう。把握しやすいものだけから単純に算出可能な金員の支払を受ける形にしておく方が有利と言える訳です。

株式の譲渡に関する定め

さらに、株式の譲渡を求める手もあります。ただ、本記事では詳細は割愛しますが、「共同事業を手がける外部委託の個人エンジニア」が、例えば数十%といった多くの株式を求めることは、実際問題として困難です。そうした立場の外部者が少なからざる株式を持っていると、VCからの投資やIPOなどが実際問題として非常に困難になってしまうからです。例えば5%など、現実的な範囲で交渉を行うべきでしょう。

契約書は何故事前に作成されないのか

共同事業に関する契約書では、個人エンジニアと企業間での契約関係を明確化しておきましょう。

このように、個人エンジニアが会社との間で「共同事業」を行い、その事について将来の対価支払いなども含めた契約書が存在していないことは、個人エンジニアにとって非常に「不利」な状況です。前もって契約書を作成しておくのが重要なのですが、ただ、「そうは言っても前もって契約書をきちんと作って締結しておくのは難しい」と感じる人も多いように思えます。

これは、厳しい言い方をすれば、「事業」というものに関する意識の、会社側と個人側の違いに起因するものであると思われます。そもそも、こうした共同事業に関する紛争は、多くの場合、以下のような時系列で発生します。

  1. 会社と個人エンジニアが、新規事業を立ち上げるため、個人エンジニアにシステム開発を委託する。その際に、個人エンジニアの生活などのため、例えば「月額30万円」といった形で報酬が支払われることが合意される
  2. 当該事業が収益化されるなどして、上記の報酬も多少増額される
  3. 当該事業がさらに成長し、会社側には数千万円、数億円といった売上が発生する
  4. その段階になると、個人エンジニア側が得る、例えば「月額50万円」といった金額は、会社が得ている利益に比べて僅少となるし、また、そのシステムを別の会社が受託する場合の金額と比べても割安となる
  5. 個人エンジニアと会社の関係が悪化する

個人エンジニア側から見れば、たしかに、1の段階で月額費用を貰わなければ、生活などに支障が生じます。そして4の段階では、たしかに、上記の例であれば「月額50万円」という金額は、

  1. 会社側が得ている利益
  2. そのシステムを別の会社が作ったとした場合の金額

に比べて僅少でしょう。ただ、この比較を単純に行うのは、経済的にも不当です。何故なら

  1. 会社側は、1段階で、売上が立つか分からない事業のために、個人エンジニアへの報酬、営業マンの給与などを支払い、先行投資を行っている
  2. 別の会社がシステムを作ったとしたら、その際には著作権譲渡の定めなどが行われているはずで、そもそも「売上ベースでの利益分配」といった話にはならない

からです。厳しい言い方をすれば、「儲かるかどうか分からない段階で、それでも作業の対価をノーリスクで得たのであれば、結果として儲かったときに利益分配を求める資格はない」ということです。裁判所の判断も、結果的には、こうした価値判断と結論が同一となるケースが多いものと思われます。

まとめ

事業が成功するか全く分からない段階で、共同事業契約の契約書作成に時間をかけたり、弁護士に依頼して費用を負担したりすることは、たしかに「リスク」です。結果的にその事業が頓挫したら、その時間や費用は「コスト倒れ」になるからです。

ただ、事業というものは、「リスクを負った者が、結果的に上手くいった場合には、剰余利益を得る」というのが、基本的な構造です。個人エンジニア側は、「まだ儲かるかどうか分からない」という段階で、上記のような時間や費用といったコストをかけ、その限度でも「リスク」を負っておけば、結果としてその事業が成功した場合に、そうした「リスク」を負わなかった場合よりも良い結果を得ることができます。

共同事業に関する契約書は、どうしても専門的なものとなります。将来の紛争を防ぎ、また、得るべき利益を確保するためにも、早い段階で弁護士に依頼するなどして契約関係を明確化する契約書を作成し、締結しておくことが重要なのです。

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