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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

風評被害対策

歯科クリニックへの口コミが名誉毀損で違法として削除できる場合とは?

風評被害対策

生活の様々な場面で、ネット上の口コミサイトを利用する人が増えています。
レストラン、美容院、病院等に行こうとするとき、電気製品や本等を購入しようとするとき、口コミサイトの点数やレビューを参考にし、頼る傾向は今後もますます強くなるでしょう。

一方、悪意のある評価や誤解に基づくネガティブなコメントによって、風評被害が発生するケースも増えています。Googleの検索エンジンで企業や店舗を検索すると、口コミが上位に表示されることも多く、悪意のある評価やコメントにより売り上げが落ちたり、社会的評価が下がるなどの風評被害が増加したりしていますが、これは歯科クリニックへの口コミにおいても同様であり、深刻な被害が生じています。

歯科クリニックへの口コミの内容が虚偽であり、かつ社会的評価を低下させるような事実が書き込まれた場合は名誉毀損となる可能性があり、速やかに削除することが必要となります。しかし、歯科クリニックに限らず、口コミサイトのコメント削除や投稿者特定には特有の困難さがあります。

本記事では、歯科クリニックへの口コミが名誉毀損に該当するとして、削除の仮処分が認められるときと認められないときの違いを解説します。

口コミサイト特有の困難

歯科クリニックの口コミサイトに限らず、口コミサイトへのコメント削除や投稿者特定における、特有の困難さの原因は、口コミの「公共性」にあります。

口コミサイトへの個々の投稿は利用者の知る権利に資するものであり、公共性を有すると考えられています。これが安易に削除されることになれば、萎縮効果が生じ言論の自由が妨げられるほか、結果的に肯定的な口コミばかりが残るという歪んだ状況になり、利用者の知る権利が害される、とみなされています。

つまり、口コミサイトは情報を他の利用者に向けて発信するものであり、事実を公衆に知らせ、これに対する批判や評価の資料とすることによって公共の利益促進に役立つものとされています。そして、公共の利害に関連する事実に係る行為は、特段の事情がない限りは公益目的で行われたものと推認されるので、投稿姿勢に著しく真摯性を欠くなど、私怨を晴らしたり私利私欲を追求したりする意図があるといえるような特段の事情が見当たらなければ、投稿が専ら公益を図る目的によるものでないとはいえません。

また、利用者としての意見・論評を述べているにとどまり、人身攻撃や営業妨害に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱しているものといえなければ、一般公衆を対象に事業を行う事業者は、否定的な口コミを投稿されたとしても一定程度は受忍すべきであるというのが共通の見解となっています。

そして、口コミサイトの一般的な読者は、利用者が利用者個人の経験等に基づき、当該口コミの対象に関して好意的又は批判的な情報を投稿する場であることを認識していると考えられています。例えば、ある歯科クリニックにつき否定的な口コミに接したとしても、それが個人の感想や主観的評価を多分に含む(主観的意見のうちの一つにすぎない)ものであることを十分に認識しているので、否定的な口コミが直ちに当該歯科クリニックの社会的評価を低下させるものではない、と理解されています。

当否は別にして、こうした見解が一般的なものとして存在している以上、歯科クリニックに限らず、口コミサイトの投稿記事削除や発信者情報開示は、掲示板やSNSなどへの投稿のそれと比較すると、困難なものとなってしまうのです。

削除仮処分が認められなかった例

大阪で矯正歯科診療を専門とする歯科クリニックが、Googleマップに星1つの評価を付して口コミとして投稿されたコメントが名誉毀損に当たるとして、運営元のGoogle LLCを相手取って、削除の仮処分命令を申し立てた事例があります。

誹謗中傷コメントの削除を請求する場合、「裁判(訴訟)」ではなく、「仮処分」という手続きを用いることができます。仮処分とは、裁判所を通じた、通常の訴訟よりも短期間で終わる手続きであり、正式な裁判前にとりあえず裁判に勝ったときと同様の一定の状態を確保するもので、裁判が終わるのを待てない事情(保全の必要性)がないと認められません。投稿削除の申し立ては、正式な裁判の結果を待っていると、その間に多数の閲覧があり、風評が広がるおそれがあるので、すみやかに仮処分の方法を取って行われます。なお、仮処分についての裁判所の判断は、「判決」ではなく「決定」の形で行われます。

問題とされたコメント

本件歯科クリニックが問題としたコメントの内容は、

  • 予約した時刻から2時間以上待たされることが何回かあった
  • 投稿者の順番となり診療を受けている際にも、更に長時間待たされた
  • 治療予定期間は2年半であったのに、3年以上かかった
  • クリニックの従業員の顔触れがよく変わる
  • 助手にレントゲン撮影をさせている
  • クリニックの関係者が他の患者と口論している様子を目撃した
  • ブラケットが外された後もインプラントアンカーを装着されたままだった
  • 院長が矯正歯科学会の会員であると称しているので検索したが、見つからなかった

といったものでした。

裁判所の判断

裁判所はまず、「本件記事は全体として診療に不満を抱いた患者による投稿と理解でき、当該患者が見聞きした範囲内で体験した事実や感想を記載したものにすぎないことが明らかである」との見解を示しました。具体的には、

本件記事の感想が前提とする事実は必ずしも具体的なものではなく、「何回か2時間以上待たされた」という頻度が3年以上の治療期間に占める割合は判然としないし、「診療中にも待たされた」という時間の長さも具体性を欠いている。「治療期間が延びた理由」について本件投稿者自身理解していない上、残りの治療期間についての質問と返答のやり取りがどのようなものであったのかも曖昧である。「他の患者との口論」については、どのような意見の食い違いがあったのか、どの程度の声の大きさ等によるやり取りであったのかについては言及されていない。

また、「ブラケットを外した後にすぐにインプラントアンカーを外すべきである」との本件投稿者の考えが医学的見地に照らして妥当なものであるかについても定かではなく、専ら素人的な考えが述べられているにすぎないとみることもできる。「助手にレントゲン撮影をさせている」旨の事実を摘示する記事についても、本件クリニックを利用した際に目撃したのか、第三者から見聞きしたのか不明であり、目撃したものとしても、「助手」が何者かは明らかではなく、レントゲン撮影の際に本件クリニックにおいて補助させている一定の作業と誤認したものかどうかも不明である。
そして、院長が「矯正治療に関して適切かつ充分な学識と経験を有するもの」である矯正歯科学会の「認定医・専門医」に該当せず、同学識・経験を有しないと主張しているが、本件投稿者による検索結果に関する情報を記載しているにすぎず、院長が認定医に該当しないと積極的に記載しているわけではなく、実際には、検索の仕方がまずかったために、見つからなかっただけである。

本件クリニックに係る本件サイト上のページには、本件記事の後に別の記事が投稿されている。その評価は5段階中の最上位であり、しかも、本件記事と異なり、理解できるように分かりやすく説明を受け、治療の出来具合もよく、主観的に満足している旨が記載されている。本件記事の後に投稿されていることからすると、本件記事の評価・口コミの内容を前提に、これに異論を唱える意図もあったものと推察される。現在、本件サイトで表示される本件クリニックに関する評価・口コミはこの2件のみであるから、一般の閲覧者は当該別の記事も閲覧するはずである。

大阪地方裁判所堺支部2019年決定

とし、本件記事を全体としてみると、

  • 一部肯定的に評価している部分も見受けられる点
  • 投稿者は転院することなく3年以上受診して最後まで治療を受け、受診の目的は一応達せられた様子がうかがわれる点
  • 価格が安い点
  • 初めの相談や診断がしっかりしており信頼できる様子であった点

について、投稿者が当初満足していた様子が見受けられることも考慮し、歯科医業を営むうえで治療技術の巧拙やサービス内容等について批評を受けることはある程度やむを得ず、本件記事が受忍限度を超えてその社会的評価を低下させるものとは認められないとして、投稿記事削除仮処分の命令申立を却下しました。

削除仮処分が認められた例

東京の歯科クリニックが、同様にGoogleマップのコメントを名誉権侵害とし、削除の仮処分命令を申し立てた事例があります。

問題とされたコメント

本件で問題とされたのは、以下のようなコメントでした。

  • セラミックなら○○○、インプラントなら○○○くらい、平均より高い
  • ホームページの記載よりかなり高額である
  • 治療費がやたら高額であるにもかかわらず、アルバイト医師で技術が最悪である
  • セラミックを使って治療した歯が○○本すべて、直ぐに虫歯になり、どうにかして欲しいと言っても何もしてくれなかった
  • 取りあえず数をこなすだけで、プライドをもってやっているとは思えない

裁判所の判断

裁判所はまず、治療費が高いにも関わらず治療技術が低いという適示は、社会的評価を低下させるものといえるとしました。

仮処分において摘示事実の真実性を検討するために原告側が用意する資料を疎明資料と言いますが、この疎明資料より

  • 本件クリニックの治療費が他に比較して特段高額であるとは認められない
  • 疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、開設以来の全診療記録を調べた結果、セラミックによる治療を行って、すべて虫歯になったとクレームを申し出た患者はいない

と判断し、「摘示事実が真実であるとはいえず、違法性阻却事由の存在を窺わせる事情がないものと一応認められる」と結論付けました。

こうした仮処分の申し立てにおいては、申し立てる側を債権者、申し立てをされる側を債務者と言いますが、裁判所は保全の必要性(投稿記事削除)につき、

債務者は、本件サイトでは、口コミの対象となる店舗・施設のオーナーにおいて口コミに返信して反論等することが可能であり、債権者において、そのような方法によって対応するべきであるから保全の必要性はない旨主張する。しかしながら、本件サイト上で反論するまでには多数の者による閲覧があり得るし、また、反論には事業者としての立場に由来する内容的な制約等があるから、これによって低下した債権者の社会的評価が十分に回復するとはいえない。したがって、反論が可能であることによって保全の必要性がなくなるとまでいうことはできない。

東京地方裁判所2018年4月26日決定

として、本件申立を認め、債権者が債務者のため7日以内に30万円の担保を立てることを条件として、コメントを仮に削除するように命じました。

決定の違い

これらの決定の違いは、なぜ、どこで生じてしまうのでしょうか。

大阪の歯科クリニックの場合、問題の投稿が医療知識の無い患者の誤解によるネガティブなコメントであり、悪意があるとは断定できず、削除が難しいといえます。

東京の歯科クリニックの場合は、記事内容がかなり具体的であったため、「真実でない」ことを主張するための疎明資料を用意することができ、審尋の結果と合わせ、違法性阻却事由の存在を窺わせる事情がないことが認められました。

大阪の歯科クリニックでも例えば、「助手にレントゲン撮影をさせている」という記述が真実でないことの客観的な疎明資料を準備することが可能であったならば異なる結果となったかもしれません。

まとめ

口コミサイトのコメント削除や投稿者特定の手続きは「公共性」の観点から特有の困難があり、具体的な疎明資料を用意するなど一定のノウハウが必要になります。

また、仮処分は迅速な手続きですが、

  • 書面中心な裁判と異なり、審尋手続きにて実質的な議論が発生しやすい
  • 審尋期日間の期間が短いため、短期間で補充主張や証拠を揃える必要がある
  • 申立段階でその後の展開を予想し必要十分な書面や証拠を揃えないと厳しい

というように、裁判よりも弁護士の腕や経験を問われる要素が多いと言えます。

対応によっては削除申請に失敗するおそれがあり、ネット上の風評被害について経験が豊富な弁護士に依頼すべき分野です。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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