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風評被害対策

誤認逮捕に関する逮捕歴の削除は可能か

風評被害対策

誤認逮捕に関する逮捕歴の削除は可能か

新聞などを含む多くのニュースサイトでは、ある個人が逮捕された、というニュースが頻繁に掲載されます。その反面、その人がその後起訴されたのか、裁判で有罪判決を受けたのか、といったニュースは、あまり掲載されることがありません。このことは、逮捕されてしまった人にとって、由々しき問題です。つまり、

  • たしかに逮捕はされたが、明確な誤認逮捕で、起訴はされなかった
  • たしかに逮捕はされたが、結局嫌疑不十分で起訴されなかった
  • 逮捕され、起訴もされてしまったが、裁判上で誤認逮捕だったことが明らかになり、無罪判決を得た

という場合であっても、

  1. 逮捕時点のニュースがネットに掲載され
  2. それが5ちゃんねるや2ちゃんねるなどの掲示板サイト、個人ブログなどに転載され
  3. 不起訴処分や無罪判決の時点でも訂正等されず、ネット上に残ったままになる

というケースがあるからです。結果的に誤認逮捕だったとしても、「逮捕された」という事実がネット上に残り続けると、それを見た人は「あの人は犯罪を行ったのだ」と考えてしまうでしょう。例えば氏名検索で上記のような逮捕記事がヒットしてしまうと、一般従業員の場合でも転職などの場面、企業経営者であれば業務提携等の契約締結の場面、資金調達の場面などで、重大な不利益が生じてしまいます。

こうした、誤認逮捕の逮捕歴に関するネット記事を、削除することはできるのでしょうか。

そもそも逮捕記事の削除は可能なのか

この問題に関して考える上では、まず、誤認逮捕であれ、結果的に有罪になった場合であれ、およそ一般論としての逮捕歴の削除に関する考え方を理解する必要があります。

ある個人が逮捕されてしまった、という事実は、その個人にとってはプライバシーに関わる問題です。そして基本的な考え方としては、

  1. 逮捕歴に関する情報は、その個人のプライバシーに関わる
  2. しかしプライバシーは無制限な権利ではなく、公共的な情報であれば、一定程度制約を受けることはやむを得ない
  3. とはいえ、軽微な犯罪などであれば、実名を挙げて逮捕歴をネット上に掲載する必要性は微妙である
  4. 特に、逮捕から一定の期間が経過している場合は、上記の必要性は既に失われている場合もある

という形となります。判例は、こうした、逮捕歴や前科に関するプライバシーを、「前科等をみだりに公表されない利益」と呼んでいます。

そして、「逮捕歴の削除」という問題に関する、「逮捕からの期間の経過」に関する解説は、下記記事にて行っています。

誤認逮捕の場合はどのように考えるべきか

「前科等をみだりに公表されない利益」の考慮要素

逮捕歴の削除とプライバシー侵害、というテーマにおいては、判例は、「前科等をみだりに公表されない利益」について、下記のような要素を要考慮事項としています。

  1. 対象者の属性に関する事項
  2. 対象となった事件の内容に関する事項
  3. 公表の目的及び意義に関する事項

この点に関しては、逮捕歴の削除に関する一般論として、下記記事にて詳細に解説しています。

誤認逮捕の場合、特に問題となるのは、3でしょう。結論として、その人は犯罪を行っていない訳ですから、「その人が逮捕された」という事実を公表することに意義があるのか、ということです。

嫌疑不十分や示談成立による不起訴の場合は?

ただ、明確な誤認逮捕であれば、「公表の意義は全くない」と言えるかもしれませんが、嫌疑不十分、既に示談が成立している、といった理由で不起訴処分が行われた場合には、「公表の意義は明白に存在しない」とまでは言えないかもしれません。こうした場合には、裁判外交渉による削除や仮処分による削除などの場面において、「具体的な当該事案において公表の意義がないこと」を、どのように説得的に論述するかが、結論を分ける要素になると思われます。

誤認逮捕では常に「公表の意義」がないと言えるか

また、この点に深く踏み込んだ裁判例は、当事務所の把握する限りまだ存在しないものと思われますが、完全な意味での「誤認逮捕」であっても、直ちに3の意味の「意義」が常に完全にないかと言われると、何とも言えないところはあります。

例えば、いわゆる共犯の事例において、主犯による犯罪行為の一部のみに結果的に関与してしまったが故意などに欠けるというケース、極端なことを言えば、殺人犯に日本刀を売ってしまった店主のケースです。

  1. 店主が共犯として逮捕されたという事実が
  2. その後「店主には日本刀の使われ方に関して何ら認識がなかった」と、逮捕が誤っていたことが判明しても
  3. 「日本刀がどこで購入されたのかという事実の公開には意義がある」という理由で、 プライバシー侵害を否定されてしまう

というようなケースも、一応あり得るように思えます。

誤認逮捕の逮捕歴掲載は名誉毀損にならないのか

上記のように、誤認逮捕の逮捕歴も、「プライバシー」に関わる問題であり、「前科等をみだりに公表されない利益」というキーワードの下で考える、というのが、今の最高裁の考え方です。

誤認逮捕の逮捕歴の削除は基本的には認められる

そして先に述べれば、このような考え方であっても、実際問題としてはあまり重大な問題はありません。常識的に考えて、誤認逮捕されてしまった人が、その逮捕歴の削除を求め、しかし削除が認められない、というのは「酷い」話ですし、裁判所は結果的には削除を認めるケースが多いからです。上記の日本刀の事例は、あくまで「抽象的にはそういうケースもあり得てしまうのではないか」という「危惧」に止まります。

記事の削除は、一般論として、裁判外交渉では交渉がまとまらず、裁判所を用いる手続となった場合も、裁判ではなく、「仮処分」という、迅速な手続でなし得ます。この点に関しては下記記事にて詳細に解説しています。

そして少なくとも本記事執筆現在までに、当事務所が受けた誤認逮捕の逮捕歴の仮処分案件は、全て削除が認められています。

総合考慮では負けてしまう可能性もある

ただ、上記のような考え方は、結局のところ、

  1. 誤認逮捕であれ有罪になったケースであれ、逮捕歴の削除はプライバシー侵害の問題
  2. プライバシー侵害の場合は、様々な要素を総合的に考慮して結論を決するべき
  3. 誤認逮捕の場合は、公表の意義がない/薄いケースが多く、結果として削除が認められるケースが多い

というものです。したがって、「総合的に考慮」される他の考慮要素次第で、負けてしまう可能性があります。その意味で、いわば「アナログ」的な判断です。「当事務所が受けた誤認逮捕の逮捕歴の仮処分案件は、全て削除が認められています」というのも、あくまで「本記事執筆現在まで」という留保付きのものです。 だからこそ、上記の日本刀のような事例も、あくまで「抽象的にはそういうケースもあり得てしまうのではないか」という「危惧」としては、あり得る訳です。

しかし、誤認逮捕されてしまった場合、誤認逮捕された人には「落ち度」がありません。それにも関わらず、誤認逮捕の逮捕歴がネット上に残り続けるという状況は、いかなる意味でも許し難いものであると言えるでしょう。

犯罪を犯したと読み取られてしまうことが問題の本質

誤認逮捕の逮捕歴がネット上に残り続けることが当人にとって「許し難い」ものである最大の理由は、結局のところ、「逮捕された」という事実、逮捕歴がネット上に残っていると、それを読んだ人は、その人が犯罪を行ったのだと考えてしまう、という点にあると思われます。よく言われる話ではありますが、日本の刑事裁判は有罪率が99.9%と言われており、また、少なくとも一市民の感覚として、「逮捕された」のであれば「いずれ起訴される」のであって、結局、「逮捕された」のであれば「その人は犯罪を犯した」のだ、という印象になってしまいます。これは「プライバシー」の問題というより、純粋に

  1. 犯罪を行っていないにも関わらず
  2. 犯罪を行った(としか読めない)という虚偽事実を書かれてしまう

という問題でしょう。

虚偽事実による社会的な不利益は名誉毀損の問題

法的には、虚偽事実を記載されて社会的な不利益を受ける、という問題は、名誉毀損と整理されます。名誉毀損は、端的に言うと

  • ある具体的な事柄(含む「ある人が逮捕された」という事実)を記載され
  • それがその人にとって社会的な不利益を生むものであるが
  • その事実は真実ではなく、虚偽である

というケースで成立します。この点に関しては下記記事にて詳細に解説しています。

名誉毀損構成であれば確実に削除が認められる

名誉毀損は、上記のような条件が満たされる限り、「総合考慮」などではなく、明確に、ある意味「デジタル」的な判断として、成立します。したがって、誤認逮捕の逮捕歴を名誉毀損の問題と扱わせることができれば、「総合的に考慮した結果、誤認逮捕の逮捕歴の掲載でも、違法ではない」となってしまう余地がありません。

裁判外交渉のレベルでは、上記のようなロジックで削除が認められるケースも、実際問題としてあります。ただ現在まで、当事務所の把握する限り、裁判や仮処分で上記のようなロジックが認められたケースはありません。裁判所は、

  1. 単に逮捕されたというだけであれば、その人が犯罪を犯したとは言っていないのであって
  2. そもそもその人にとって社会的に不利益となるような情報かどうかも怪しいし
  3. 何より「逮捕されたこと」は真実なのだから、「真実」である

というような判断を行っているものと言えます。

誤認逮捕の逮捕歴は常に削除されるべき

ただ、繰り返しにはなりますが、結果的に誤認逮捕であったとしても、逮捕歴がネット上に残り続けることは、明らかに企業経営者にとってもサラリーマン等にとっても不利益ですし、その理由は、それを読む人が「その人は犯罪をしたのだ」と読み取ってしまうことです。その意味で、これは正に「デジタル・タトゥー」の問題です。

誤認逮捕の逮捕歴を「プライバシーの問題」と扱っている現在の裁判所の運用には、問題があるように思えます。

まとめ

誤認逮捕の逮捕歴がネット上に残り続けることは、耐えがたいものでしょう。それが「前科等をみだりに公表されない利益」、大きくはプライバシー侵害の問題だとしても、少なくともネット上の風評被害対策に強い弁護士に依頼を行えば、削除に成功する可能性は非常に高いものだと思われます。

ただ、「非常に高い」で終わらず、「常に削除が認められる」という世の中になるべきであると、当事務所は考えています。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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