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風評被害対策

ブラック企業と書かれたら名誉毀損で削除できるか

風評被害対策

ブラック企業と書かれたら名誉毀損で削除できるか

企業経営者にとって、自身の会社が「ブラック企業」と言われてしまうことは、特に求人面で大きなマイナスです。きちんと労働法などの法律を守って経営を行っているのに、たまたま人間関係や職務遂行能力などの問題で退職した従業員などに、インターネット上で「ブラック企業」などと書かれてしまうと、今後の採用活動等に悪影響が生じかねません。

ブラック企業という記載は、削除することが可能なのでしょうか。

この問題を理解するには、名誉毀損の成立要件を踏まえた上で、具体的に当該事案、記載のされ方や会社の内情などに合わせて主張や証拠を検討する必要があります。

名誉毀損の成立要件とは

名誉毀損は、単純に言うと、

  • 具体的な事実を記載され
  • その記載が真実でない場合

に成立します。正確な要件は下記記事で詳しく解説しています。

「具体的な事実」とは

名誉毀損の成立要件には、「事実を摘示し」というものが含まれます。ここでいう「事実」は、日常用語と少し意味が異なります。「事実」とは、「具体的な事柄」、専門的に言うと、「証拠によってその真否を決することができる事項」です。例えば、「この店のラーメンは向かいの店のラーメンより不味い」というのは、単に個人の味覚などによる感想です。「どちらが美味しいのか、証拠を出して決めよう」という話ではありません。しかし、「この店のラーメンには大量の化学調味料が入っている」というのは、レシピなどの証拠を開示すれば正しいか否かが分かる事柄です。この区別の上で、後者のような記載についてのみ、名誉毀損は成立し得るのです。

ただ、この区別、つまり、何かが書かれているとして、その記載が「証拠によってその真否を決することができる事項」か、という区別は、必ずしも明確なものではありません。世の中には、「明確に事実であるもの」と「明確に事実でないもの」の中間領域に属するような言葉が多数存在します。「ブラック企業」は、その典型例でしょう。「食べ物が不味い」に近いと言われればそんな気がしてきますし、「食べ物に大量の化学調味料が入っている」に近いと言われればそんな気もしてきます。

辞書などを用いた言葉の精緻な定義

そうした場合には、「この言葉はこういう意味である(したがって「事実」である)」という、言葉の定義を「証拠」によって証明することになります。その際、大手新聞社や大手出版社の新聞や百科事典は、説得力のある証拠と言えます。

そして「ブラック企業」の場合、朝日新聞社が、少し前に「ブラック企業」について、「違法または悪質な労働条件で働かせる会社」という定義を行っています。小学館も「日本大百科全書(ニッポニカ)」で、「従業員に過重なノルマや度を超した長時間のサービス残業を課すなど違法性の高い働き方を強いたり、精神的ないじめや嫌がらせ、賃金の未払いなどが常態化しているような企業」という定義を行っています。この定義であれば、「ブラック企業」は、労働条件の適法性、ノルマの有無や程度、サービス残業の有無や時間、賃金の支払状況など、具体的な証拠を出せば該当するかどうかが判断できる事柄といえる訳です。現に、「ブラック企業」について、「証拠等によりその存否を決することが可能な事項であるので、事実の摘示である」という旨を判示した裁判例もあります。

原告会社がブラック企業(中略)であることは証拠等によりその存否を決することが可能な事項であるので、事実の摘示であり、かつ、ブラック企業の定義にてらして、原告会社の信用を毀損する事実の摘示である

東京地判平成25年3月25日

この裁判例は、「もっとすごいブラックだよ」という記載について、「ブラック企業」の定義から考えて、その記載は具体的な事実を摘示するものであると判断しているのです。

具体的なケースごとの「文脈」に即した主張

もっとも、結局これは、具体的なケースによる問題ではあります。当該ケースにおける記載を具体的に検証し、文脈上、単に「就職すべきでない企業」という程度の意味で「ブラック企業」という言葉が用いられているのか、労働法規違反などが行われているという意味内容を読み取れるような形で「ブラック企業」という言葉が用いられているのか、といった検討を行う必要があるでしょう。そして、「労働法規違反などが行われている」というのは、必ずしも具体的な記載でなくても構いません。

断定的な記載がされていないとしても、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として、その内容が真実であるとの印象を与えるようなものであれば、名誉毀損は否定されることはないというべき

東京地判平成21年10月19日

という裁判例も存在し、結局、「普通に読んで、労働法規違反などがある会社だという印象を与えるような文脈で『ブラック企業』という言葉を使っているのであれば、それは労働法規違反といった事実を書いているのと等しい」というような主張が可能だからです。例えば、下記のような判決も存在します。

本件記事が掲載されているスレッドのタイトルに「ブラック企業」という名称が用いられているところ,「ブラック企業」という名称は,一般的には労働条件が過酷で労働環境が劣悪であると受け止められる表現であることに加え,本件ウェブサイトの説明として,「離職率が高い」と記載されていることや,本件スレッド内の他の投稿に他の会社に関する投稿ではあるものの,「昼休憩時間なし」や「残業も1日最低3時間月では70時間以上してるのに明細書見たら60時間くらいしかついてなかった」などと具体的な労働条件や労働環境に関する記載があること(中略)からしても,本件スレッドにある「ブラック企業」という表現を読んだ通常の読者としては,「ブラック企業」の意味について,「過酷な労働又は労働環境を強いる企業」と十分に理解することができる。

東京地判平成28年12月22日

この判決は、

  • 同じサイト内に、休憩時間や残業などに関して他社を批判する記述があった
  • その同じサイト内で、原告について『ブラック企業』と述べている

というような事実から、「文脈上、原告についても労働法規違反などがあると述べているに等しい」というような判断を行っている訳です。

意見論評型の名誉毀損の問題になるケースも

「ブラック企業」という表現は、上記のように、「具体的な文脈などの上では具体的な事実を述べている」と言えるケースもありますが、言えないケースもあります。そうした場合には、「意見論評型の名誉毀損」と呼ばれるタイプの名誉毀損の問題になります。この点に関しては下記記事にて詳細に解説しています。

「真実でない場合」とは

ブラック企業ではないと立証するには?

具体的な事柄が記載されていたとしても、その事柄が真実であれば、多くの場合名誉毀損は成立しません。したがって、ブラック企業と書かれてしまったことを「違法だ」と主張する側としては、「当社はブラック企業ではない」という主張・立証を行う必要があります。

では、どのような証拠を出せば「当社はブラック企業ではない」と言えるのでしょうか。これは結局、「ブラック企業」の定義によります。上記の定義に即して、「当社はそうした定義に該当するような企業ではない」という主張を行うことになる訳です。例えば一例としては、以下のような主張となります。

ブラック企業が名誉毀損であるという主張の例

実際の仮処分や裁判の場面では、例えば、下記のような主張を行うことになります。

当該投稿には、原告が「ブラック企業」であるとの記述がある。
ここで、「ブラック企業」とは、「従業員に過重なノルマや度を超した長時間のサービス残業を課すなど違法性の高い働き方を強いたり、精神的ないじめや嫌がらせ、賃金の未払いなどが常態化しているような企業」の意味である(甲1)。したがって、原告がブラック企業であるか否かは、証拠等によりその存否を決することが可能な事項である。現に、同様の判断を行った裁判例が存在する(甲2)。
したがって、原告がブラック企業であるとの事実の摘示は、上記の定義より明らかに、原告の社会的評価を低下させるものである。
しかし、原告は、過重なノルマや度を超した長時間のサービス残業を課すなど違法性の高い働き方を強いておらず、精神的ないじめや嫌がらせ、賃金の未払なども行われていない。この点について、原告の給与体系にはノルマに応じた昇級などは存在せず(甲3)、原告はサービス残業を行うことのできない社内システムを構築してサービス残業を防止しており(甲4)、労働基準法違反の超時間労働も行われていない(甲5)。また、原告は社内にて相談用の専用ダイヤルを用意して精神的ないじめや嫌がらせを予防しているところ(甲6)、これらに関する相談は少なくとも昨年は1件もなく(甲7)、賃金も適切に支払われている(甲8)。
よって真実性はなく、当該投稿は、原告の名誉を毀損する違法なものである。

裁判や仮処分には細かな証拠が必要

上記のような主張に併せ、

  • 辞典のコピー(甲1)
  • 過去の裁判判決(甲2)
  • 賃金規定(甲3)
  • 導入されているシステムの概要(甲4)
  • 従業員のタイムカード(甲5)
  • 従業員向けに配布されている相談用専用ダイヤルに関する説明書き(甲6)
  • 相談用専用ダイヤルの応答記録(甲7)
  • 賃金支払に関する書面(甲8)

を用意する訳です。

このように裁判や仮処分、それを念頭に置きながら進行する裁判外交渉では、あらゆる事柄について、具体的な事実の主張と、それを裏付ける証拠が必要となります。

非真実性の立証と「悪魔の証明」

「真実でない」という主張・立証は、一般論としては、難しいものです。何故なら、結局それは「ある事柄が存在しないこと」の証明であり、いわゆる「悪魔の証明」に近いからです。

ただ、「悪魔の証明」は、弁護士的な観点としては、決して「不可能」なものではありません。

「悪魔の証明」を主張・立証する例

例えば全く別の場面として、あるサラリーマンが実名と共に「こいつは昨年痴漢で逮捕された」と書かれており、「そんな事実はない」と主張したい、というケースを想定してみましょう。「ある人間が逮捕されていないこと」の証拠を出すのは、なかなか難しいものです。しかし例えば、その人が昨年、一度も会社を休んでいないのであれば、その「皆勤賞である」という出勤簿を証拠提出することが考えられます。「仮に痴漢で逮捕されたという事実があったとしたら、その期間は出社できなかったはずである、しかし彼は皆勤賞である、ということは、そのような事実は存在しないということだ」という主張です。

このように、「悪魔の証明」、例えば「ある人間が逮捕されていないこと」の証明であっても、弁護士的な観点からいえば、不可能ではありません。「その事実の存在と矛盾する事実」を考え、その証拠を出せば良いからです。「仮に痴漢で逮捕されたという事実があったとしたら、皆勤賞であるという事実はそれと矛盾する」ということです。

ブラック企業ではないという主張・立証

「ブラック企業」の場合も、これと同様です。「ブラック企業というのは、具体的にはこういう定義であるが、仮に当社がそうした定義に該当するような企業だとしたら、このような事実は存在し得ないはずであり、そうした事実が証拠と共に存在する以上、当社がブラック企業ではない」という、筋の通った論理とそれを支える証拠を用意すれば良い、ということになります。

こうした主張や証拠を精緻に整えれば、「名誉毀損である」という主張が可能になり、当該投稿を削除したり、投稿者のIPアドレスや住所氏名の開示請求を行うことができるのです。

当事務所にて、実際に「中もブラック」という書き込みに関して「違法である」という認定を受けた事件に関して、下記記事で紹介しています。

このうち、特に投稿者特定はフロー等が複雑です。これに関しては下記記事で詳細に解説しています。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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