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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

風評被害対策

インターネット上でのプライバシー侵害事例における非公知性

風評被害対策

私生活を描いたモデル小説「宴のあと」によるプライバシー侵害が問題とされた裁判で、東京地方裁判所は、プライバシー権を「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」とし、プライバシー侵害の成立要件を、

1.私生活上の事実またはそれらしく受け取られるおそれのある事柄であること(私事性)

2.一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること(秘匿性)

3.一般の人々に未だ知られていない事柄であること(非公知性)

4.公開によって当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたこと

東京地方裁判所1964年9月28日判決

としました。

インターネット上でのプライバシー侵害の場合、すでに他の人がSNSや掲示板に書き込んだ情報を、リツイートしたり転記したりすることで拡散され、被害が拡大するケースが多いのですが、その場合、「すでに公開されている情報を転記しただけだから、非公知性というプライバシー侵害の要件を満たさず、プライバシー侵害を問われることはないんじゃないの」と考える人がいます。

しかし、例えば、A氏がTwitter上に「〇〇が離婚した」と書いた情報を、匿名掲示板にB氏が投稿した場合、B氏は責任を回避できるのでしょうか。裁判所は実際に非公知性をどのように判断しているのかを解説します。

非公知性とは

例えば、声優が幼児虐待と傷害致死事件で逮捕された事件で、この声優の芸名や担当していたテレビCMの名前をあげた報道につき、これらは公開されている事実であるから、プライバシー権侵害にはあたらないとされた事例があります(東京地方裁判所2015年9月14日判決)。

一般の人にすでに知られている事柄を記事にしたりしても、プライバシー侵害にはあたらないわけですが、では、「未だ知られていない」と「すでに知られている」はどのような基準で区別されうるのでしょうか。

先天的進行性吃音症であるとする記述

被告がインターネットのウェブサイト上に公開した記事により、情報の一部が原告の社会的評価を低下させ、原告が重篤な先天的進行性吃音症であるとする記述がプライバシーを侵害したとして、a学会インターナショナルの副会長が損害賠償を求めた事例があります。

被告は「a学会からの脱会を考える会」と題するウェブサイトを開設していましたが、ここに、a学会のB名誉会長と海外の賓客との会談で長年英語の通訳を務めるなど要職にあったAが、a学会を脱会して同会と対立関係にある寺院の信徒になったとの噂につき、外部からの取材に原告が噂を真実だと認め、Aの脱会が重大であるためにa学会インターナショナル内で責任問題となっているという内部情報を提供したという記事を投稿しました。

書籍からの引用

その記事中で、原告がa学会インターナショナル本部事務局長という要職にありながら、学歴を笠に着て自らは何ら責任を取らず、他者にすべての責任を取らせようとしている無責任かつ卑怯な人物であると記したことが名誉毀損にあたり、また、原告の先天的進行性吃音症が重篤であり、原告に会って話をするときには筆談を覚悟しなければならないと、書籍から引用して投稿したことを、プライバシーの侵害にあたるとして、原告が提訴したのです。

裁判所は、当該記事は、原告がa学会インターナショナルの要職にあるにもかかわらず、「c大卒」という学歴を笠に着て、a学会インターナショナルの内部で問題になっていることにつき、その責任を他人になすりつけて自分は責任を逃れようとしている無責任かつ卑怯な人物であるとの事実を摘示するものであり、原告の社会的評価を低下させるに足るものであるとして、名誉毀損を認めました。

また、「重篤な先天的進行性吃音症であるという事実は、親しく会話を交わす関係にない限り知り得ない情報であり、一般人の感受性を基準とすれば公開を望まない事実であると解されるから、これが公開されたことにより、原告のプライバシーは侵害されたものというべきである」として、プライバシーの侵害を認め、先天的進行性吃音症についての記述は書籍の記述の一部をそのまま引用したものであり、平成3年頃にはa学会の関係者に広く知られていたことであるという被告の主張に対し、

インターネット上の自己のウェヴページに原告の吃音症に関する情報を公開することにより、一層広範囲の人々に本件情報②を公表した被告の行為について、プライバシーの侵害が成立することは明らかである。仮に、原告の吃音症に関する事実が平成3年ころに一定の範囲で知られていたとしても、時の経過とともにその周知性は失われたものということができるから、15年以上が経過した後に再びこれを公表すれば、新たにプライバシーの侵害が生じることは当然である。

東京地方裁判所2010年8月30日判決

とし、原告が被った精神的苦痛についての慰謝料300万円と弁護士費用30万円、合計330万円の支払いを、被告に命じました。

「引用したに過ぎない」というのは、よくなされる抗弁ですが、ウェブ上で公開することによっていっそう広範囲の人々に公表したことは、しかも書籍公刊より15年以上の経過後にこれを行えば、新たなプライバシーの侵害が生じると判断されます。

過去に所属していたサークル名

2003年6月19日に、代表者及び男子大学生メンバー4人の計5人が強姦容疑で逮捕され、その後、首都圏の名門大学出身の学生ら合わせて14人が準強姦罪で実刑判決を受けた「スーパーフリー事件」の関係者であったと、名指しでネット上の掲示板に書かれた原告が、発信者情報開示を経由プロバイダに請求した事例があります。

原告は、大学在学中にスーパーフリーにスタッフとして参加していたのですが、メンバーによる強姦事件の前に同サークルを退会し、卒業後は大学に所属し、国立大学の助教として勤務していました。原告を同サークルの一員として、あたかも強姦事件に関係したかのような指摘をする各記事は社会的評価を低下させるものであり、また、過去において同サークルに所属していた事実は隠したい事柄であり、一般人の感覚を基準としても、知られたくない経歴であるから、プライバシー侵害にあたるとして、訴えを提起するために、発信者情報開示を請求したものです。

ネット上の記事の引用

経由プロバイダは、本件各記事に先立つ2005年、2006年及び2008年に、原告に係る記載が本件各記事と全く同一である記事がインターネット上に公開されており、原告の社会的評価は、同各記事により既に低下していることになり、本件各記事がそれと別に新たな社会的評価の低下をもたらすものではないとし、また、プライバシー侵害についても、過去の記事により公知になった事実を再び摘示するに過ぎないので、プライバシー保護のための非公知性の要件を充足しない、と主張しました。

裁判所は、一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば、本件各記事は原告もスーパーフリーの一員として、強姦事件に関与していたかのような印象を与えるものであり、原告の社会的評価を低下させるものと認められるが、本件各証拠を検討しても、原告が強姦事件に関与したことを示唆するような証拠はなく、本件各記事が摘示する事実は真実ではないと認められ、かつ、本件発信者においてこれが真実であると信じることにつき相当の理由も存在しないものと認められるとして、名誉毀損を認めました。

判決では、

被告は、インターネット上には本件各記事と同一の記事が既に公開されていたから、本件各記事が新たな社会的評価の低下をもたらすものではない旨も主張するが、先行記事と本件各記事の読者が重なり合っているとは認められないから、本件各記事により社会的評価が低下することは否定できず、被告の主張は採用できない。

東京地方裁判所2012年11月22日判決

と、されています。「読者が重なり合っているとは認められない」というのは、当然の指摘と言えるでしょう。

また、プライバシーの侵害についても、

原告が、その学生時代に○○の関係者であったとの事実は、一般の人には未だ知られていない事柄であるといえるところ、前記のような○○の強姦事件の重大性からすれば、一般人の感受性を基準にして、公開を欲しない事実であると認められる(この点、インターネット上に本件各記事に先行する同一内容の記事が存在するからといって、公知の事実になっているとまでは認められない。)。そうすると、本件各記事は、原告のプライバシー権を侵害していると認められるところ、違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情も認められない。

東京地方裁判所2012年11月22日判決

として、本件各記事が原告のプライバシー権を侵害することが明らかであるとし、権利侵害を理由とした不法行為に基づく損害賠償請求及び差止請求等を考えていると認められるから、原告には発信者情報の開示を求める正当理由があるとして、経由プロバイダに、発信者の情報開示を命じました。

インターネット上に先行する同一内容の記事が存在するからといって、公知の事実になっているとは認められません。

「整形顔」という記載

インターネット上の掲示板に原告のプライバシーを侵害するとともに、原告を侮辱する記事を5回にわたって投稿したとして、原告が不法行為による損害賠償を被告に求めた事例があります。

本件記事中には,「【A経歴】参考http://〈省略〉」という記載があり、URLをクリックすると、原告の経歴が記載されたページが表示され、また、本件記事中には、原告が代表者を務める法人の本店所在地及び法人名が掲載されているのであるから、本件記事を閲覧した者が本件記事中のAが原告であると同定することは可能でした。

その上で、記事中に「整形顔」という記載があったのですが、裁判所は、一般読者の普通の読み方によれば、これは、原告が整形顔であることを摘示したものと理解されるところ、整形顔とは整形した顔という意味にとらえられるものであり、そうすると、「整形顔」という記載は,私生活上の事柄又はそのように受け取られるおそれのある事柄であり、一般人の感受性を基準にして公開を欲しない事柄であると認められるとしました。

同スレッドの他の記事の引用

また、被告は、本件記事と同内容の記事は同じスレッド「○○○」の他の記事において既に投稿されていたものであり、本件記事はこれら被告以外の者が投稿した記事を前提とし、コピーなどをしたものにすぎない。したがって、プライバシー侵害の要件である非公知性の要件を欠いている、と主張したのですが、裁判所は、確かに他の同内容の記事が投稿されており、その記事中にも原告について「整形顔」と摘示していることが認められるが、

本件スレッドには多数の記事が投稿されているところ、通常、特定のスレッドを閲覧した者が当該スレッドのすべての記事を閲覧するとも考え難い。これらの点に照らすと、本件記事は、一般人に未だ知られていない事柄であり、非公知性の要件を満たしているというべきである。

東京地方裁判所2014年7月17日判決

として、プライバシーの侵害を認めました。悪口や誹謗中傷する記事が、それまでの投稿を読んでいない新たな閲覧者に読まれてさらにプライバシーが侵害され、炎上するという、ネットの傾向をとらえた判決といえるでしょう。他の記事に書いてあったからといって悪口や誹謗中傷を拡散させれば、新たに責任を問われることになります。

また、記事中の「チョン」という記載につき、馬鹿、間抜けなどの意味を持つほか、朝鮮や朝鮮人を侮蔑する言葉として使用されてきたことが認められるとして、名誉感情を侵害し、原告を侮辱するものであるとして、併せて、損害賠償50万円、弁護士費用10万円、投稿者特定費用51万8,700円、合計111万8,700円の支払いを被告に命じました。

まとめ

「引用したにすぎない」「他の人も書いている」といっても、責任を回避することができない場合が多くあります。

プライバシー侵害が成立するか否かの判断は難しい場合も多いので、経験豊かな弁護士に判断してもらうのがよいでしょう。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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