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名誉毀損などの「同定可能性」とは?認められるケースを弁護士が解説

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名誉毀損などの誹謗中傷の同定可能性とは?弁護士が解説

誹謗中傷の投稿削除や投稿者の特定を行うために名誉毀損などを主張する場合には、前提として「同定可能性」が認められるかが問題となります。

ではいったい「同定可能性」とは何なのでしょうか。この記事では、名誉毀損などにおける「同定可能性」とは何か、またどのような場合に「同定可能性」が認められるのか、について具体的な事例とともに詳しく解説します。

「同定可能性」とは

「同定可能性」とは、誹謗中傷の対象者が誰であるかを特定できることをいいます。これは、名誉毀損(名誉権の侵害)、侮辱(名誉感情の侵害)、プライバシー侵害などのような人格権侵害を主張するときに、本当に「その人の」社会的評価が低下したのか否かを判断する前提として問題となります。

たとえ名誉毀損にあたるような投稿があったとしても、自分以外の一般読者からみて、書き込み内容が「自分」のことを言っているのか否かが分からなければ、社会的に評価が低下するとはいえないため、名誉毀損は成立しません。

したがって、名誉毀損などが成立するためには、その表現の対象者と被害を主張する人との同定可能性が認められることが必要で、判決や仮処分の結論を分ける重要な問題となります。

関連記事:名誉毀損で訴える条件とは?認められる要件と慰謝料の相場を解説

なお、侮辱(名誉感情侵害)については、名誉感情は自身の内面の問題であり、第三者からの見え方とは必ずしも関係がないため、同定可能性は厳密な意味では不要です。ただ、少なくとも「自身が被害者である」ことの説明は必要だといわれています。

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「同定可能性」が認められるケース

同定可能性が認められやすいのは、実名が記載された場合です。しかし、実名の記載がない場合でも、そのほかの情報によって対象となっている人を特定できるのであれば、同定可能性が認められ、名誉毀損などが成立する可能性があります。

例えば、電子掲示板に次のような書き込みがあった場合を考えてみましょう。

「私の同僚は会社の資金を横領している」

会社のお金を横領しているという事実は、人の社会的評価を低下させるものであることは明らかですので、これが事実無根であれば、「私の同僚」の名誉権や名誉感情を侵害していることになります。

しかし、投稿者が匿名であれば「私」が誰なのか分かりませんし、その同僚も複数人いることが考えられるので、「私の同僚」が誰のことを指しているのか読み手にとって不明確です。したがって、特定の人物との同定可能性は認められず、名誉毀損や名誉感情侵害は成立しません。

もっとも、次のような投稿の場合には、名誉毀損などが成立する可能性があります。

「A株式会社の営業部長は会社の資金を横領している」

この投稿においても、実名の記載はありません。しかし、A株式会社において営業部長が1人しかいなければ、この記載が特定の人物を指すものであることは容易に想像できるので、同定可能性が認められる場合があります。

つまり、同定可能性の判断においては、その書き込みを客観的に見た「一般の閲覧者」が、書き込まれた対象を特定できるかどうかがポイントになるのです。 これは、対象が店や企業の場合でも同様です。

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なお、ここでいう「一般の閲覧者」は、その議論に参加していたり、前提となっている事情を知っている人とされています。単純に「特定可能か否かの判断基礎」を一般人全般とする、というわけではなく、あくまで社会通念に従って判断すべきである、ということです。

極端な話でいえば、一般の人がほとんど知っている政治家やタレントなどの有名人でない限りは同定可能性は認められない、ということにはなりません。(この点、後ほど紹介する、無名の人がモデルとなった判例「石に泳ぐ魚」事件においても解説します。)。

では、実際の具体例を見ながら、どのような場合に同定可能性が認められるのか解説していきましょう。

イニシャル・伏せ字を使っての誹謗中傷と同定可能性

イニシャル・伏せ字を使っての誹謗中傷と同定可能性

電子掲示板などでは、イニシャルや伏せ字、当て字などが多用されており、氏名や会社名がそのまま記載されることは多くありません。イニシャルや伏せ字などを用いて書き込みが行われても、客観的に相手を特定できるといえる場合には、同定可能性が認められる場合があります。

電子掲示板に投稿された「d党議員団の幹事長であるCが区議会議員でありながら性風俗店で買春をした」という内容の書き込みについて、「C」とイニシャルで名指しされたと考えた中野区議会議員が、経由プロバイダ(ISP)に対して発信者情報の開示を請求した事案があります。

この事案では、「区議会議員」がどの区を指すのか、およびイニシャルで名指しされたCが誰を指すのかが記載されておらず、請求者(原告)との同定可能性があるかが問題となりました。

この点について、裁判所は、以下のように判示して同定可能性を肯定しました。

「本件掲示板……は,インターネット上で,中野区の住民等関係者として,「中野区のまちづくり」のために,「自治,公共,地域をいかように構想し,実践し,実現するのか」を話し合うことを目的として掲げる掲示板である」

「本件掲示板は,中野区政に関して前記目的で開設されている掲示板なのであるから,これを閲覧しようとする者は,中野区政に関して関心を有する者であると解され,原告が中野区議会議員のd党議員団の幹事長であることは,相当数の不特定者が知っている事実であることが明らかである。したがって,「C議員」が原告を指すことは,本件掲示板を閲覧する普通の読み手にとって容易に判明すると解される」

東京地判平成20年10月27日

裁判所は、本件掲示板が中野区政に関心をもつ不特定多数の者が閲覧する性質を有することに着目し、そのような掲示板を読む人の理解力に鑑みると、当該投稿における「C議員」が原告を指すことは容易に理解できるとして、同定可能性を肯定しています。

つまり、投稿を単体のものとして意味を解釈するのではなく、掲示板の性質にも着目し、そのような掲示板を読む人の理解力を基準に、投稿が特定の人に向けられたものと理解できる場合には、同定可能性が認められます。

このように、イニシャルや伏せ字が使われていても、掲示板の性質や前後の投稿における文脈など、ほかの要素を参考にして、同定可能性が肯定される場合があります

ペンネーム・芸名・源氏名等を使っての誹謗中傷と同定可能性

同定可能性が認められるためには、その対象となっている人が特定できることが必要ですが、必ずしも実名まで分かる必要はありません。作家としてのペンネームや芸名などが広く知られており、それを見ただけで対象者がどの人なのか分かる場合には、実名は分からなくともその対象者の社会的評価が低下しているといえるため、名誉毀損などが成立する可能性があります。

特定の性風俗店で5年にわたり源氏名で業務に従事していた人について、その源氏名を用いて行われた誹謗中傷に同定可能性があるかが問題となった事案があります。

この事案について、裁判所は、以下のように判示して同定可能性を認めました。

「通称が本名と全く異なるものであったとしても,それが社会的に一定程度定着していれば,通称に関連づけられた投稿によって当該通称を用いる者の人格的利益等が侵害され得るとみるべき」

「原告は,a店において,通算で約5年間にわたり,Bとの通称で業務に従事しており,同じ通称で同店に勤務する者は原告のほかにはいないと認められる。……上記通称は、原告の呼称として社会的に一定程度定着しているとみることができるから,前後の文脈も踏まえると,本件情報179は,原告についての投稿であると認めるのが相当である」

東京地判平成28年5月9日

つまり、通称を使用した誹謗中傷であっても、その通称が社会的に一定程度定着しており、特定の人を指すものであると認められる場合には、同定可能性が認められます。

イニシャルや伏せ字の場合と同じで、通称を使用した書き込みの場合でも、対象となっている人を特定できる可能性があるので、同定可能性が認められて名誉毀損が成立する可能性があります。「個人が特定できる」というためには、必ずしも記載された名前が「実名」である必要はありません

フィクションによる誹謗中傷と同定可能性

小説等の創作物に、特定の人をモデルにした登場人物を起用することがあります。モデルとなった人とは別の名前が与えられていた場合、そのモデルとなった現実の人間と創作物の中の人物との同定可能性は認められるでしょうか。

創作物による誹謗中傷においては、①フィクションと現実の記載が混在している場合に同定可能性が認められるか、②無名の人がモデルとなっている場合に同定可能性が認められるかの2点が問題となります。

フィクションと現実の記載が混在している場合

一般の読者を基準として、創作物全体が作者によって創作されたフィクションであると受け取られるものであれば、実在人物に対する名誉毀損などは成立しないことになります(東京地判平成7年5月19日)。なぜなら、読み手がフィクションであると捉える場合には、作中の情報が現実の出来事であるとは認識されず、これによって実在人物の社会的評価が低下するとはいえないからです。

一方で、虚実が混在している場合であっても、創作の部分と事実の部分とが区別できないものであるときには、読者は作中の人物の行動がモデルの実際の行動であると誤解することがあります。このような場合には、創作物によってモデルとなった人物の社会的評価が低下することはあり得るため、名誉毀損などが成立する可能性があります。

つまり、記載が実際にフィクションであるかにかかわらず、一般の読者の立場で、モデルとなった人物の実際の行動であると認識する状況にある場合には、作中の人物とモデルとなった実際の人物との同定可能性が認められることになります。

無名の人がモデルとなっている場合

顔に大きな腫瘍がある在日韓国人女性をモデルにした『石に泳ぐ魚』という小説について、モデルとなった女性が、プライバシー権の侵害を理由に損害賠償と出版差し止めを求めた事案があります。

この事案では、女性(原告、被控訴人)は著名人ではないから、一般読者の大多数は作中の人物が当該女性をモデルにしたものであるとは特定できず、同定可能性が認められないのではないかという点が一つの争点となりました。

関連記事:プライバシー権を徹底解説。3つの侵害要件とは

この点について、裁判所は、第二審判決において以下のように判示して同定可能性を肯定しました。

「被控訴人の属性として、小学校5年生まで日本に居住していた在日の韓国人であること、韓国の大学を卒業した後、東京芸術大学の大学院に進学し陶芸を専攻していること、顔面に腫瘍があり、幼少時から12才までの間に右腫瘍の治療のため13回の手術を受けたこと、父が大学の教員であり講演先の韓国においてスパイ容疑により逮捕された経験を有し、その後釈放されて、家族とともに韓国に帰国したことなどを掲げることができる。これらの被控訴人の属性は、そのまま本件小説における『朴里花』の属性とされている」

「このような被控訴人の属性からすると、T大の多くの学生や被控訴人が日常的に接する人々のみならず、被控訴人の幼いころからの知人らにとっても、本件小説中の「朴里花」を被控訴人と同定することは容易なことである。したがって、本件小説中の「朴里花」と被控訴人との同定可能性が肯定される。」

東京高判平成13年2月15日

このように、東京高裁は、「およそ一般の人」ではなく、「T大の多くの学生や被控訴人が日常的に接する人々」や「幼いころからの知人ら」という被控訴人(原告)を知る者が、作中の人物が被控訴人をモデルとしていると容易に特定できることによって、同定可能性を肯定しています。

つまり、前述のとおり、前提となっている事情を知っている人が容易に特定可能であるならば、同定可能性は肯定される、ということです。控訴人(小説の作者ら)の、「一般読者の大多数は被控訴人の属性を知り得ないのであるから、同定可能性があるということはできない」という主張は認められませんでした。

ちなみに、この事案はプライバシー権の侵害が問題となりましたが、名誉毀損や名誉感情の侵害における同定可能性の判断においても、同様の理由から同定可能性が認められる場合があると考えられます。

VTuberや匿名アカウントに対する誹謗中傷と同定可能性

VTuberなどバーチャルな存在に対する同定可能性

VTuberや匿名アカウントのように、本人(「中の人」とも言われます)についての情報は公表せず、バーチャルなキャラクターの名前、外観、性格その他の設定を基礎として、SNSなどインターネット上の活動が行われることがあります。

バーチャルな存在に対する誹謗中傷については、「中の人」を対象とするものといえるかが問題となります。なぜなら、あくまでキャラクターに対してなされたものにすぎない場合には、インターネット上の人格であるキャラクターの社会的評価が害されるにとどまり、中の人の社会的評価を低下させることにはならないので、特定の人物に対する名誉毀損などは成立しないからです。

判例では、「B」というVTuberとして活動する人について、電子掲示板に、「B」として行ったインターネット上の配信に関して成育環境を交えて批判的な意見を述べる旨の投稿があり、これが中の人のプライバシー権および名誉感情の侵害に当たるとして、経由プロバイダ(ISP)に発信者情報の開示を求めた事案があります。

この事案について、裁判所は、以下のように判示して、中の人である原告との同定可能性を認めました。

「「B」の動画配信における音声は原告の肉声であり,CGキャラクターの動きについてもモーションキャプチャーによる原告の動きを反映したものであること,「B」としての動画配信やSNS上での発信は,キャラクターとしての設定を踏まえた架空の内容ではなく,キャラクターを演じている人間の現実の生活における出来事等を内容とするものであることも考慮すると,Vtuber「B」の活動は,単なるCGキャラクターではなく,原告の人格を反映したものである」

「一般閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすると,本件各投稿は,いずれも「B」としての配信に反映された原告自身の行動を批判するものであると認めるのが相当である」

東京地判令和3年4月26日

つまり、「中の人」が誰であるかが具体的に知られていない場合であっても、キャラクターが「中の人」の性格や言動を反映したものであるなどの諸般の事情に鑑みて、キャラクターに対して向けられた投稿が特定の「中の人」を対象とするものであると一般に理解できるときは、名誉毀損などが成立すると考えられます。

ペンネームや通称を使用している場合と同様に、バーチャルなキャラクターを用いた活動を通じて社会的評価の対象となっている以上、本人の名誉権や名誉感情も一定の場合には保護の対象となります。一般人にとって「中の人」が誰であるか具体的に判明していなくても、名誉毀損が成立するケースはあり得ます

昨今注目が高まっているメタバースにおいても、アバターを通じて匿名で活動する人が増えていくことが予想されます。メタバースにおけるアバターへの誹謗中傷についても、VTuberと同じように、本人の名誉権や名誉感情がある程度保護される場合があると考えられます。

同姓同名の人物がいる場合の同定可能性

投稿に実名が記載されていても、同姓同名の人物が複数存在する場合には、対象が特定できているとはいえず、名誉毀損は成立しません。もっとも、その記載が同姓同名の者のうちどの人を指しているのか分かる場合には、同定可能性が認められる場合があります。

対象者の姓名に弁護士という肩書を付して行われた書き込みにつき、同姓同名の弁護士が2人存在したため、原告との同定可能性が認められるかが問題となった事案があります。

この点、裁判所は、書き込みがあった時期や前後の書き込みの内容なども考慮して、客観的に対象者が原告である蓋然性が高いと判断して、同定可能性を認めています(東京高判平成27年3月12日)。

このように、誹謗中傷の対象となりうる同姓同名の人物が何人かいる場合であっても、ほかの要素も考慮して、そのうちの特定の人物を指すものであると客観的に判断できる場合には、同定可能性が認められます

まとめ:誹謗中傷についてお悩みの方は弁護士へご相談を

相手の実名を出さずに行われた誹謗中傷に対しても、名誉毀損、名誉感情の侵害、プライバシー侵害などが成立する場合があります。具体的な事例で見てきたように、同定可能性を判断するにあたっては、問題となっている記載だけでなく、前後の書き込みや掲示板の性質など、他の事情も考慮して個別具体的に判断することになります。

実名を用いずに誹謗中傷が行われた場合に名誉毀損などが成立するかどうかの判断は難しい場合が多いので、インターネット上の誹謗中傷の問題に強い弁護士に一度ご相談されることをお勧めします。

誹謗中傷が行われた場合の損害賠償請求の相場については、下記の記事をご参照ください。

関連記事:誹謗中傷の犯人への損害賠償請求の相場と計算方法とは

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弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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