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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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会社が退職する労働者の「有給買取」を行う場合に注意したい「書面」の内容とは

本記事では、求人サイトの情報欄で解説されることも多い有給買取についてご説明します。そもそも、有給休暇とは、雇い入れの日から6か月間継続勤務し、その間の全労働日の8割以上出勤した労働者に対して与えられる給料が支払われる休暇(労働基準法39条にて規定)です。その有給休暇を会社が買い取ることは可能なのでしょうか。また、退職する労働者から有給休暇の買取りを求められた場合、会社はこれに応じる義務があるのでしょうか。さらに、会社側が退職する労働者からの有給買取に応じる場合、どのような書面(誓約書等)を用意しておく必要があるのでしょうか。以下、目次に沿ってご説明いたします。

有給買取は可能なのか

実際、有給休暇の買取は可能なのでしょうか。結論から申し上げますと、有給買取は原則として認められませんが、例外的に認められる場合があります

原則認められない

そもそも有給休暇が労働基準法に定められている理由は、労働者の心身健康の向上を図り一層の勤務効率の向上を図る点にあります。また、有給休暇の取得は労働基準法で定められた労働者の権利です。これらを理由として、有給休暇の買取は原則として認めらません。有給休暇を会社が当然に買い取ることができるとなると、有給休暇制度の趣旨に反することになるためです。

例外的に、有給買取が可能な場合もある

しかし、企業が労働者の有給を買い取ったとしても労働者に対して不利益が生じない以下の場合は、例外的に許されます。

  • 転職等を理由に退職する労働者が退職時点で消化していない有給休暇
  • 有給休暇を取得後に消化せず、2年が経過して時効消滅した有給休暇
  • 会社が労働者に対して付与した法定外の有給休暇

退職する労働者が退職時点で消化していない有給休暇の買取りについて

労働者が退職する時点で消化していない有給休暇がある場合には、退職後はその労働者は有給休暇の取得を会社に請求できなくなることから、実務上、買取りがなされています。

なお、人材派遣会社に登録している派遣社員の方は派遣先企業ではなく、派遣元企業から有給を買い取ってもらうことになります。有給休暇の取得を請求する先が派遣元企業であることと対応しています。

有給休暇を取得後に消化せず、2年が経過して時効消滅した有給休暇について

労働者が取得した有給休暇は、請求することができる日から2年が経過することで、時効により請求する権利を失います(労働基準法115条)。

労働者が時効により企業に請求できなくなった有給休暇を、会社が敢えて買い取ることは制度趣旨に反しないため認められています。

会社が労働者に対して付与した法定外の有給休暇について

会社が労働基準法で定められている有給休暇の付与日数を超えて付与している場合、法律で定められた日数を超えた分の有給休暇を買い取ることは、法定の有給休暇相当部分の買い取りではないため認められています。労働基準法上の有給休暇取得に関する労働者の権利を害してはいないためです。

退職する労働者から有給買取を求められた場合に、会社は応じる義務があるのか

それでは、退職する労働者から有給買取を求められた場合、会社は応じなければならないのでしょうか。

結論から申しますと、会社は有給を買い取る義務はありません。退職した労働者からの有給買取請求に対して、認められないとしました裁判例があります(創栄コンサルタント事件、大阪地判平14.5.17労働判例828号14頁)。

そもそも有給休暇の買取は原則として認められていませんので、例外的に有給買取が認められる理由がない場合、原則有給買取りは違法となります。

一方上記で述べたように、例外的に有給買取が可能な場合もありますが、この場合でも労働者からの有給買取の請求は法律上認められた労働者の権利ではありません。そのため、有給休暇の買取りを行うか否かは会社側の裁量次第です。例外的に有給買取が許容される労働者が退職する場合においても、会社は労働者からの買取請求に応じる義務はありません。

また、当然会社側から労働者に対して有給買取を要求することは労働基準法違反となり認められません。

会社が退職する労働者から有給買取を行う場合に、用意する書面(誓約書等)について

会社が退職する労働者から有給買取を行う場合(前述の通り例外的に有給買取が可能な場合の一つです)に、当該労働者との間で書面(誓約書等)を交わす場合、どのような点に注意をする必要があるでしょうか。

会社が書面を用意する必要性

そもそも、有給買取については法律上特段の定めはなく、書面を交わさずとも例外的に有給買取が可能な場合であれば有給買取は可能です。しかし、退職する労働者との間で合意内容について認識の齟齬があることによりトラブルの原因の一つとなる可能性もあり得ます。そのため、退職する労働者との間でトラブルが発生することを未然に防ぐ必要がある場合は、書面を交わす必要性が高いでしょう。

有給買取を行う場合に用意する書面、有給買取に関する条項及び有給買取金額

有給買取について法律上特段の定めがないため、どのような書面を用いてどのような条項を規定するか、そしていくらで有給を買い取るかについては各会社に裁量があります

有給買取を行う場合に用意する書面

どのような書面を用いるかに関しては、誓約書や退職合意書が考えられます。例えば離職事由や競業避止義務等について定めた定型の誓約書等が会社にある場合は、有給買取についての条項をこれらの書面に追加して規定し、有給買取に関する書面としても用いることが考えられます。

なお、退職合意書については別記事にて解説しておりますので是非ご参照ください。

もちろん、有給買取に関してのみ定めた誓約書や合意書を回収することも可能です。

個々の退職する労働者毎の事情を勘案してリスクヘッジしておくべき内容等を考慮の上、どのような書面を用いるのか検討することになります。

有給買取に関する条項

条項例としては、以下の通りです。

第〇条(有給買取)
1 乙の退職日〇年〇月〇日までの、乙の〇日分の有給休暇未請求分は、甲が1日につき〇円で買い上げる。
2 甲は、乙に対して、前項の合計金額〇円を支払うものとし、乙の指定する下記記載の預金口座に振り込む方法で支払う。
銀行名
支店名
預金の種類
口座番号
口座名義人

会社が買い取る有給休暇の日数及び有給休暇の1日あたりの買取金額について規定します。

有給買取金額

有給休暇を買い取る場合には1日あたりの買取金額をいくらとするのか決める必要がありますが、法律上その算定方法について定めはありません。そのため、会社は労働者からいくらで有給休暇を買い取るかについて裁量を有しています(繰り返しとなりますが有給買取が制度趣旨に照らし認められる場合です)。

買取金額の計算方法は、例えば下記の方法が考えられます。いずれの方法を採用するかは会社次第です。

  1. 有給休暇に対して支払う賃金について定めた労働基準法の計算方法に従う
  2. 会社が労働者と合意した金額
  3. 会社が就業規則で定めた基準に従う

1.の計算は、平均賃金、通常の賃金、標準報酬月額の30分の1に相当する金額のいずれかに従うものです。有給休暇に対して支払う賃金について定めた就業規則や労使協定を基準に支払う方法です。

2.は、退職する労働者と個別に合意した金額で合意するものです。

3.は、有給休暇を例外的に買い取ることができる場合について、会社が労働者から有給休暇を買い取る金額若しくは買取金額の算定方法を就業規則で定めておくものです。例えば、「有給休暇1日あたり6000円で買い取る」と買取金額を定める書き方や、「有給休暇1日当たりの買取金額を算定するにあたっては〇〇の方法による」と買取金額算定方法を定める書き方が考えられます。買取金額、買取金額算定方法について定めるこの方法は、雇用形態、役職、勤続年数、業務内容等様々な事情を考慮して会社の裁量により定めることができます。ただし、むやみに労働者から反発を受けないよう最低賃金、平均賃金及び通常の賃金等に照らして合理的な金額を定めておくことが無難と思われます。

まとめ

以上のとおり、会社が退職する労働者から有給買取を行う場合の書面やその内容等についてご説明しました。上述のとおり、退職する労働者には会社に対して有給を買い取るよう請求する権利は認められておりませんが、円満退職を図る等リスクヘッジの観点から有給買取を行うことが考えられます。有給買取を行う場合には、有給買取日数や金額について退職する労働者との間で齟齬が生じないよう書面で残しておくとトラブル防止になるため、本記事をご参考にしていただければと思います。

有給買取を行う書面等個別具体的なケースについて詳細なご相談をご希望される方は、弁護士によるアドバイスを受けることをおすすめいたします。

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弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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