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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

会社の社員メール監視がプライバシー侵害に当たらない3つの理由

社内メールの監視・調査とプライバシー侵害

多くの会社で社内外のコミュニケーションのためにメールが用いられています。もし、会社が社員メールの内容を監視・調査していたとしたら、プライバシー侵害にはあたらないのでしょうか。

会社経営者にとっては、企業のコンプライアンス意識の高まりから、社員メールを監視・調査することも重要な関心ごとではないかと思われます。

結論からいえば、本記事で解説する3つの理由から、会社が社員のメールを監視・調査しても違法とはならないと解釈されています。しかし、どのような監視・調査であっても許されるわけではないため注意が必要です。

そこで、本記事では、会社経営者の方に向けて、実際の裁判例も紹介しながら、どのような監視・調査であれば許されるのかを解説していきます。

関連記事:プライバシー権を徹底解説。3つの侵害要件とは

会社が社員のメールを監視・調査しても許される理由

理由1:企業秩序維持のため

会社は、経営のために組織として行動をしなければならないことから、その秩序を守る権利があります。会社の秩序を守るためには、社員の「メールの誤送信」を防いだり、ウィルスによる感染を阻止したりしなければなりません。

特に、社員の「メールの誤送信」が発生した場合には、企業機密が漏洩する危険も伴います。そのため、企業秩序を維持するために会社に認められた権利として、会社は社員の業務メールをチェックすることができると考えられます。

理由2:会社の設備を利用しているため

社員が会社で使うパソコンや会社から貸与されている携帯電話は、会社の持ち物、設備であることがほとんどでしょう。社員が自分のノートパソコンなどを持ち込んで仕事をする場合でも、通信回線やメールサーバーなど、何らかの会社の施設を通してメールを送受信することになるはずです。

つまり、会社の設備には、社員が業務上使用しているパソコンや携帯、システム自体も含まれます。会社の設備である以上、会社は社員のメール利用状況をチェックする権利があると考えることが可能です。

理由3:職務専念義務があるため

「職務専念義務」とは、「労働者は労働時間中、使用者の指揮命令に従い、その職務に専念する義務」のことを指します。公務員に適用される国家公務員法・地方公務員法には、条文上、職務専念義務が規定されています。

それに対し、民間労働者については、職務専念義務を明文化した法律はありません。しかし、労働契約に付随する義務として、当然に職務専念義務が存在するとされています。

会社は、労働者が誠実に働いているかどうか、つまり、職務専念義務を守っているかどうか、また、守秘義務を守り情報漏洩をしていないかどうかを調査をすることができ、メールのチェックもその一環と考えられます。

では、会社や上司は、本人に無断で、社員メールを無制限に閲覧することができるのでしょうか

関連記事:ネット上における個人的な情報の公開はプライバシー侵害になるのか

【裁判例①】会社の社員メール監視とセクシャルハラスメント行為

私用メールを上司に無断で監視されたことはプライバシーの侵害になるのでしょうか。

会社員が、私用メールを上司に無断で監視されたことについて、プライバシー侵害であるとして、会社に対して損害賠償を請求した事例を紹介します。結論として、プライバシー侵害にならないと判断されました。

事案の概要

原告である女性会社員X1は、直属の上司である被告Y(事業部長)から届いた「時間を割いて戴き当事業部の問題点等を教えていただきたいと思っています」というメールを、飲食に誘われたことを誘惑されたと解釈し、夫X2に相談しました。

強い反感を抱いたX1は、X2に「細かい上に女性同士の人間関係にまで口を出す。いかに関わらずして仕事をするかが今後の課題。まったく単なる呑みの誘いじゃんかねー」という内容の電子メールを会社の社内コンピューターネットワークシステムを用いて送ろうとしたところ、Yに誤送信してしまいました。

そこでYは、Xらが被告をセクシャルハラスメント行為で告発しようとしていることを知り、会社のIT部に依頼してX1のメールを監視し始めました。

この後、XらとYは話し合いの機会をもったが決裂し、Xらは、Yからセクシャルハラスメント行為を受けたこと、私的メールを許可なしに閲読されたことによるプライバシー侵害を理由として、不法行為に基づく損害賠償を求めて提訴しました。

一方Yは、Xらによる、Yからセクシャルハラスメント行為を受けたとする訴えが名誉毀損にあたるとして反訴しました。

主要な争点

本件では、Yによるセクシャルハラスメント行為の有無や、Xらの訴えが名誉毀損に当たる否かも争点となりましたが、以下では、YによるXのメール監視がプライバシー侵害に当たるかという点に着目して、裁判所の判断を見てみましょう。

裁判所の判断

裁判所は、まず、社員メールの私的使用が許されるかという点について、次のように判示しました。

勤労者として社会生活を送る以上、日常の社会生活を営む上で通常必要な外部との連絡の着信先として会社の電話装置を用いることが許容されるのはもちろんのこと、さらに、会社における職務の遂行の妨げとならず、会社の経済的負担も極めて軽微なものである場合には、これらの外部からの連絡に適宜即応するために必要かつ合理的な限度の範囲内において、会社の電話装置を発信に用いることも社会通念上許容されていると解するべきであり、このことは、会社のネットワークシステムを用いた私的電子メールの送受信に関しても基本的に妥当するというべきである。

東京地方裁判所平成13年12月3日判決

つまり、必要かつ合理的な範囲内で、社員が会社のメールシステムを私的利用することは認められるということです。

しかし他方で、次のように判示して、本件における社員メールの監視はプライバシー侵害に当たらないと判断しました。

従業員が社内ネットワークシステムを用いて電子メールを私的に使用する場合に期待し得るプライバシーの保護の範囲は、通常の電話装置における場合よりも相当程度低減されることを甘受すべきであり、職務上従業員の電子メールの私的使用を監視するような責任ある立場にない者が監視した場合、あるいは、責任ある立場にある者でも、これを監視する職務上の合理的必要性が全くないのに専ら個人的な好奇心等から監視した場合あるいは社内の管理部署その他の社内の第三者に対して監視の事実を秘匿したまま個人の恣意に基づく手段方法により監視した場合など、監視の目的、手段及びその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益とを比較衡量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限り、プライバシー権の侵害となると解するのが相当である。

同上

要は、「被告による監視行為は社会通念上相当な範囲を逸脱したものであったとまではいえず、原告は、この程度の監視行為は甘受すべき」と判断されたものと言えるでしょう。

判決文の重要ポイント:経営者としての監視は可能

判決文では、以下のような監視は社会通念上相当な範囲を逸脱した監視」であるとされています。

  1. 従業員の電子メールの私的利用を監視するような立場にはない(経営者層ではない)者が監視した場合
  2. 責任ある立場にある者の監視でも、監視する合理的理由がない場合(個人的好奇心から監視した場合)
  3. 第三者に監視の事実を隠したまま、個人の恣意に基づいて監視した場合

本件の場合、上記1に関しては、被告が事業部長であり、途中からは担当部署に依頼して監視を続けており、全く個人的に監視行為を続けたわけでもない、ということになるでしょう。

なお、この会社では当時、メールの私的使用の禁止が徹底されておらず、また、会社が閲覧することがあるということを社員に事前に知らせてもいませんでした。

そのような場合でも、社会通念上相当な範囲を逸脱していなければ、会社や上司が社員のメールを監視することは許されることになります。

【裁判例②】会社内で誹謗中傷が疑われる社員のメール調査

社内の問題を解決するためのメール調査はプライバシー権の侵害と言えるのか?

会社がある社員に対して、社内で誹謗中傷メールが送信された事件を調査する過程で発見された私用メールについて、送信者ではないかと疑われる社員に対して行った事情聴取を行った事例を解説します。

この事例では、当該調査について名誉やプライバシー等の人格権侵害を認めませんでした。また、先述した「企業秩序維持」と「職務専念義務」が問題になりました。

事案の概要

社員Aを誹謗中傷するメールが管理部長宛に複数回送信され、Aから苦情を受けた会社側が調べたところ、当該メールは、営業部が共有するパソコンからフリーメールを用いて、Aの社内メールアドレスに送信されたものであることが判明しました。

メールに記載された事情を知る者が限られていたこともあり、Aと女性社員Bが親しくなることを妨害するという動機を持った原告Xが疑われることとなり、第1回聞き取り調査が行われました。

原告が送信を否定したため、会社は、所有・管理するファイルサーバーの原告に関する電子メールの交信記録約1年分を調査しましが、誹謗中傷メールへの原告の関与を示す証拠は発見できませんでした。

しかし、調査過程で、Xによる多数の業務外の私用メールの存在が明らかになりました。

その後、会社側は、Xに対して、誹謗中傷メール及び私用メールについて2回聞き取り調査を行い、その後に私用メールが就業規則に違反することを理由として譴責処分(始末書の提出)としました。

そこでXは、会社に対して、聞き取り調査の態様が名誉等の人格権を侵害し、また、メールを調査しこれを関係者に閲覧させ、かつこれを本人に返還しなかったことが、私的生活における個人情報に対する所有権及びプライバシー権を侵害するとして、損害賠償を請求しました。

主要な争点

本件では、聞き取り調査が人格権侵害に当たるかも争点となりましたが、以下では、社内の問題を解決するためのメール調査がプライバシー権の侵害に当たるか否かという点に着目して裁判所の判断を見てみましょう。

裁判所の判断

裁判所は、メール調査について、次のように判示して、本件におけるメール調査はプライバシー権侵害に当たらないと判断しました。

誹謗中傷メール事件について原告にはその送信者であると合理的に疑われる事情があり、事情聴取した結果、原告が送信者であることを否定する一方その疑いをぬぐい去ることができなかったのだから、さらに調査をする必要があり、事件が社内でメールを使用して行われたことからすると、その犯人の特定につながる情報が原告のメールファイルに書かれている可能性があり、その内容を点検する必要があった。また、私用メール事件について多量の業務外の私用メールの存在が明らかになった以上,新たにこれについて原告に関して調査する必要が生じた。そして,業務外の私用メールであるか否かは,その題名だけから的確に判断することはできず,その内容から判断する必要があった。いずれの調査も社会的に許容しうる限界を超えて原告の精神的自由を侵害した違法な行為であるとはいえない

東京地判平成14年2月26日

細かな文言の違いはありますが、この裁判例でも、「社会的に許容しうる限度を超えるか」(社会通念上相当な範囲を逸脱しているか)という観点から判断していると言えるでしょう。

判決文の重要ポイント:職務専念義務と企業秩序維持

また、職務専念義務と企業秩序維持について、次のように判示しました。

私用メールは,送信者が文書を考え作成し送信することにより,送信者がその間職務専念義務に違反し,かつ,私用で会社の施設を使用するという企業秩序違反行為を行うことになることはもちろん,受信者に私用メールを読ませることにより受信者の就労を阻害することにもなる。また,本件ではこれに止まらず,証拠(〈証拠略〉)によると,受信者に返事を求める内容のもの,これに応じて現に返信として私用メールが送信されたものが相当数存在する。これは,自分が職務専念義務等に違反するだけではなく,受信者に返事の文書を考え作成し送信させることにより,送信者にその間職務専念義務に違反し,私用で会社の施設を使用させるという企業秩序違反行為を行わせるものである。

同上

つまり、職務専念義務の違反(の疑いが合理的に)認められる場合には、企業秩序の維持のため、本件のようなメール調査を行う必要性・相当性が認められると判断されたといえるでしょう。

しかし他方で、プライバシー権の侵害に当たらないとしても、その方法等によっては名誉等の別の人格権を侵害する可能性はあるので、注意が必要です。

関連記事:プライバシー侵害の慰謝料はいくら?実務上の相場を弁護士が解説

社員メールに関する就業規則を明確に

会社は、メールチェックを適正な方法で行うために、あらかじめ社員メールに関するルールを明確にして、事前に社員と共有しておくことが重要です。

また、社員メールについてのルールは、全社員に適用すべきものであるため、就業規則という形で定めたほうが良いでしょう。

社員メールについてのルールが就業規則として明確になっていれば、「就業規則に違反していないか」という理由で社員メールを調査しても、社員とトラブルになる可能性は低くなります。

まとめ:社員メールの監視に関して困ったら弁護士に相談しよう

業務上、一定程度の私的メールは許されている会社はあるかと思います。しかしながら、限度を超えるものであってはいけません。

また、会社は無条件にメールを監視したり調査したりできるわけではありません。企業秩序維持、職務専念義務上、また会社設備のため認められているに過ぎないからです。

社員メールの監視がプライバシー権等の侵害に該当するかどうかの判断や、就業規則の作成等には高度に専門的な知識が必要です。状況判断や就業規則の作成・改訂などに困ったら、ぜひ弁護士に相談しましょう。

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弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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