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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

スマホアプリ買収のM&Aのストラクチャーの選択肢

マホアプリ買収のM&Aのストラクチャーの選択肢

他社が持っている何らかのビジネスを「買収」したい、と思うケースは、企業経営者であれば誰でもあるはずです。「買収」というと大仰なイメージがありますが、例えば、スマホアプリ、ウェブサイト、YouTubeやInstagramのアカウント、バーチャルYouTuberなどのキャラクターを買う場合も同様です。「PVが多く、自社で運営すれば収益化を行えそうなウェブサイトを買い取りたい」というのも「買収」「M&A」の一種です。

ただ、日常用語としての「買収」「M&A」は、法的には必ずしも一義的な言葉ではありません。「買収」「M&A」を実現するには、様々な方法、「ストラクチャー」があり得るからです。そして、どのストラクチャーを選択するべきかは、相手方が会社か個人か、会社だとして他にも事業を持っているか否か、用意できる対価など、様々な個別的事情によります。

ここでは、株式会社AがスマホアプリBという事業を有しており、これを株式会社Cが買い取りたいという場合を想定し、A社とC社が取り得るストラクチャーの詳細と、長所短所を紹介します。「スマホアプリ」を例にしますが、ウェブサイトでもYouTubeのアカウントでも、その他であっても、基本的には同様です。

アプリ事業を買い取る方法

全株式譲渡

買取対象であるAが会社で、アプリBの運営以外特に何もビジネスを行っていないという場合、Cは、Aの全株式を買い取る、という選択肢があります。つまり、「Bを買う」のではなく、「Bの運営主体であるAという会社ごと買い取る」のです。A社株式の全株式の譲渡を行うことにより、譲受人であるC社は、100%株主としてA社を、そしてA社の唯一のビジネスであるBを支配することができます。

全株式譲渡をするには、A社の株主全員とC社とで、株式譲渡契約を締結します。

株式譲渡が行われれば、A社はC社のみが株主の会社となります。いわゆる「完全子会社」です。

吸収合併

吸収合併とは、会社同士の「合併」のうち、当事会社のうち1社が合併後も存続し、合併により消滅する他の当事会社から権利義務一切を承継することをいいます。…少し難しく思えますが、合併には、A社とC社が合併し、C社(またはA社)のみが残る「吸収合併」と、A社とC社が新しい会社、例えばD社にまとまる形で合併される「新設合併」の二種類があるのです。どちらも、狭義の「M&A」の手法の一つです。

C社には、吸収合併により消滅するA社の権利義務の全部が包括的に承継されます。したがって、A社が有していたスマホアプリBを含む事業を、C社は合併後、独占して行うことができます。

吸収合併をするには、C社は、A社と合併契約を締結し、原則として各社において株主総会の特別決議(出席株主の議決権の3分の2以上の賛成)による承認を受けます。

合併は、税務・会計的には、前述した全株式譲渡と同じような効果をもたらします。例えば、C社が単独では黒字で、赤字のA社を吸収すると、合併後のC社は、黒字と赤字を消し合う形で利益が縮小され、課税額も減少します。前述の全株式譲渡を行い、C社がA社を完全子会社とした場合も、C社とA社は「連結」されるので、C社が黒字、A社が赤字であれば、同様に、黒字と赤字を消し合う形で利益が縮小され、課税額が減少するのです。 「会社は別々のままで連結される(全株式譲渡)」か、「会社自体が1個になるから当然に打ち消し合う(吸収合併)」か、という違いです。

株式交換

株式交換とは、ある株式会社(買収される会社)がその発行済み株式の全部を他の会社(買収する会社)に取得させることをいいます。別の言い方をすれば、買収する側の会社、つまりC社が、A社の株式を、金銭ではなく、自社(C社)の株式を対価として取得する、というものです。

C社は、A社株に関し株式交換を行えば、A社の完全親会社になることができます。そして全株式譲渡の場合と同様、A社が有しているスマホアプリBを含む事業を支配することができます。

株式交換をするには、C社は、A社と株式交換契約を締結し、原則として各社において株主総会の特別決議による承認を受けます。

事業譲渡

事業譲渡とは、会社が取引行為として、「事業」を他人や他の会社に譲渡することをいいます。

「事業」とは一定の事業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産のことをいい、譲受会社が事業活動を承継することを要します。スマホアプリはソフトウェアという財産であり、譲受会社は譲渡会社のノウハウを用いて活動するので、その譲渡は「事業譲渡」にあたります。

事業の全部または重要な一部を譲渡するには、譲受会社C社は、A社との間で事業譲渡契約を締結することになります。これを行うためには、譲渡会社A社は、原則として株主総会の特別決議による承認を受ける必要があります。 少し分かりにくいですが、事業譲渡は、単にA社とC社間で「スマホアプリBを金銭で売り渡す」という契約を行うものであり、一種の売買契約です。そして、売買される目的物がスマホアプリBではなく、単なる物、例えばパソコン1台であれば、これは本当に単なる売買契約であり、「株主総会決議」などという話にはなりません。事業譲渡とは、これに対する例外です。「一定の事業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産」という、A社にとって重要な財産であるスマホアプリBを丸ごと他社に対して売り渡すのであれば、A社はそうした重要な「売買契約」、事業譲渡を行うためには株主総会決議を経るべきである、という法設計です。株主総会決議の要否だけでなく、事業譲渡には、単なる売買契約とは異なるいくつかの規律が用意されていますが、ここでは詳細は割愛します。

各方法の長所短所

全株式譲渡

全株式譲渡は、株主という地位の移転のみで事業を支配できるシンプルな方法ですが、株式を売り渡すか否かの判断はA社側の各株主の自由です。したがって、A社側に反対する株主がいる場合には実現困難です。また、全ての株主と株式譲渡契約を締結することは、A社側に株主が多数いる場合には煩雑です。また、対価として金銭を支払う場合が多く、C社はまとまった金銭を用意する必要があります。 ただ、反対株主がいる場合、C社は、100%株主になれませんが、反対株主の株式保有数が少なければ、株主総会において事業経営に関して思うままに決議することも可能です。

吸収合併

吸収合併は、反対する株主がいたとしても、株主総会特別決議で承認を受ければ、他社を完全買収することができ、契約締結は各社間で行えば済みます。つまり、株主総会特別決議は、総株主の3分の2の賛成があれば可能ですから、少数株主が反対しても、その株主の意思に反した合併を行うことができるのです。 また、合併は、A社という会社自体を丸ごと全てC社が吸収する手法であり、C社にとっては、「A社のスマホアプリB以外の部分に関する潜在的リスク」があるストラクチャーです。例えば、C社は、スマホアプリBに関連する事業以外に他の事業も行っており、そこで膨大な簿外債務(貸借対照表上に記載されていない債務)を有しているかもしれません。吸収合併は、そうした簿外債務をも含む「A社という会社自体を丸ごと全て」吸収するストラクチャーです。実施の前には、そうしたリスクがないか否か、精緻に検証を行う必要があります。

株式交換

株式交換は、反対する株主がいたとしても、株主総会特別決議で承認を受ければ、他社を完全買収することができ、契約締結は各社間で行えば済みます。

また、完全子会社になる株主への対価には、法律上の制限はなく金銭その他の財産でよいため、必ずしも金銭を用意する必要はなく、親会社の株式を交付することができます。 株式交換は、C社がA社を完全子会社とするストラクチャーであり、その意味では全株式譲渡に似ています。全株式譲渡の場合、譲渡に関わらずC社の株主構成は変わらないことが原則ですが、株式交換でC社株式を対価とする場合、株式交換後のC社の株主に、元々A社の株主であった者が加わることになります。したがって、C社から見れば、事業経営の自由度は狭まってしまいます。

事業譲渡

事業譲渡は、吸収合併のように権利義務一切が承継されるのではなく、譲渡会社が当該事業に関して有する財産や権利・義務について、権利は相手方に譲渡し、義務は相手が引き受けるという取引行為が一括して行われるにすぎません。そして、目的物は、「この事業に関連する一切」といった形でファジーに決められるのではなく、「別紙に記載された一式」といった形で、具体的にリストアップされることになります。

そのため、簿外債務や不要な事業を承継することはありません。

ただ、アプリの事業譲渡においては、アプリのソースコードとその著作権のみでなく、サーバーサイドアプリケーションとその著作権、第三者のサービスを利用する権利など、アプリなどソフトウェアを理解していなければ、事業を行うために必要な譲渡対象財産を抽出することが難しいことがあり得ます。

また、A社は、自身が負っている義務を自由にC社に「譲渡」することはできず、その義務の相手方である権利者の許諾を個別に取得する必要があります。「義務」というと抽象的ですが、例えば、スマホアプリBにユーザー登録機能があり、その運営元であるA社が、各ユーザーに対して、スマホアプリBを通じて何らかのサービスを提供する義務を負っているという場合、原則的には、A社は一人一人のユーザーと個別に交渉し、「運営元がC社に変わるので、今後のサービス提供はC社から行われるが、それで問題ないか?」と許諾を得る必要があります。この手続きは非常に煩雑で、また、実際問題として不可能に近いため、A社は前もって将来の事業譲渡があり得ることを見越し、そうした場合に同意を行わなければならない旨の利用規約などを作成しておく必要があります。

事業譲渡の対価は、金銭であることが通常であり、まとまった金銭を用意する必要があります。

まとめ

上記のとおり、スマホアプリなどのビジネスを「買収」するというM&Aのストラクチャーは、それぞれ長所短所があります。そして、それをスムーズに実現するには、法律や一般論としてのビジネスのみならず、スマホアプリ、ウェブサイトやYouTubeなど、具体的なビジネスに関する専門的な知識も必要です。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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