弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

J-KISSによるシード投資での新株予約権による資金調達とは

システム開発など多額の初期費用を要するスタートアップにとって資金調達ができるかはその後の会社の成長に大きく影響します。特に創業段階のいわゆるシード期にあるスタートアップが簡単に素早く資金調達するための仕組みとしてアメリカでの投資事例を参考にして日本で設計されたJ-KISSがあります。J-KISSでは投資家が取得するのはあくまでも新株予約権であり株式ではありません。株式を発行するよりも投資段階で決定すべき事項や手続が少ないため迅速な資金調達が可能となります。このようなメリットから、J-KISSは今後さらなる普及が期待されます。そこで、J-KISSとは何か、J-KISSによる資金調達の仕組みについて説明します。

J-KISSとは何か

J-KISSでは、あらかじめ公開されているひな形を利用すれば、2つ程度の項目を決定するだけで投資契約を締結することができます。

J-KISSとは、Keep It Simple Securityの頭文字をとった名称です。特にシード期といわれる創業直後のスタートアップが簡単に素早く資金調達をすることを目的に設計された資金調達の手法であり、Coral Capital(旧500 Startups Japan)が弁護士をはじめとする専門家と協力して作成したひな形を無償で公開しています。通常の資金調達においては投資契約書が長大となりがちで、契約交渉やリーガルチェックのための弁護士費用等を含めると投資を受けるためには多額の費用や時間が必要でした。J-KISSでは、あらかじめ公開されているひな形を利用すれば、2つ程度の項目を決定するだけで投資契約を締結することができます。この点で、時間と費用をかけたくないシード期のスタートアップのニーズに合う資金調達手法ということができます。

J-KISS誕生の経緯

ベンチャーキャピタル等からスタートアップが投資を受ける場合、従来は投資家に株式を取得させる方法が一般的でした。しかし、創業直後のスタートアップにおいては企業のバリュエーションが困難であり適切な株価の算定が難しいという問題がありました。投資時点で保守的に企業価値が評価される結果、本来より相当な安価で株式を渡してしまうリスクもあります。株式を渡すことは法的には経営権の一部を譲渡することに等しいため、会社がシード期を抜けて成長段階に入った段階で本来より安い価格で投資家に株式を持たれていることが会社の成長を阻害する要因となることが実際に見受けられました。このようなスタートアップの資金調達における問題点を解決するという観点から生み出されたのが、J-KISSです。持株比率と経営権に関しては、下記記事で詳細に解説しています。

J-KISSによる資金調達の仕組み

J-KISSによる資金調達の仕組みについて解説していきます。

投資対象が新株予約権

J-KISSによる資金調達における最大の特徴は、投資家が取得するのがいわゆる生株といわれる株式そのものではなく新株予約権である点です。もともと、アメリカではシード期のスタートアップ投資において転換社債を利用する手法が用いられていました。ただ、転換社債は借入と同様のデッドファイナンスです。したがって、投資を受けるスタートアップのバランスシート上、転換社債は負債として計上されることになります。シード期のスタートアップはエクイティが少ないことが多いため、転換社債が負債として計上されることにより簡単に債務超過となります。債務超過であれば金融機関からの借り入れはもとより、他の事業会社との取引も難しくなることが多いため基本的に望ましいことではありません。この点、新株予約権であればバランスシート上負債として計上されることはないので、債務超過の問題が起こりません。
デッドファイナンスを含むベンチャー企業の資金調達方法に関しては、下記記事で詳細に解説しています。

他方で、シード期のスタートアップの場合、株式を投資家に保有させることにも問題があります。前述のとおり、シード期においては企業価値の評価自体が困難であり、特にスタートアップにとってはこの時点でのバリュエーションを避けたいという事情があります。株式であれば株式の価額を投資時点で決定する必要がありますが、新株予約権の場合、投資時点では、投資金額をそのまま新株予約権の価額として設定すれば足ります。

したがって、投資時点では投資家が取得する株数を決める必要がないためバリュエーションも不要ということになります。
J-KISSではこのようにして新株予約権に対して投資を受けた後、そのスタートアップがシード期を抜けて成長段階に入るシリーズAにおいて株式発行による資金調達をするときに、新株予約権を取得している投資家が一定のディスカウントがされた価額で株式を取得することになります。このように、J-KISSでは投資対象が株式ではなく新株予約権であることによってバリュエーションをシリーズAまで先延ばしすることができるのです。以上のほか、投資対象を新株予約権とした場合には登録免許税が一律であるため資金調達にかかる費用を節約できること、新株予約権の発行に関しては定款変更が不要であるため事務的な手間がかからないこともJ-KISSのメリットということができます。

新株予約権の転換価額の算定方法

シード期に投資した新株予約権が何株の株式に相当するかについては投資時点では決まっていません。シード期の投資家の持株数はシリーズAにおいて新株発行が行われた際に、投資家が新株予約権を行使することによって確定します。なお、J-KISSのひな型においては、シリーズAは1億円以上の株式による調達と定義されており、概ねシード期の投資から1年~1年半程度経過した時点が想定されています。投資家が新株予約権を行使した際の株式の取得価額を転換価額といいます。この転換価額の算定方法はJ-KISSの投資契約書であらかじめ算定方法が決められているため、シリーズAの資金調達における株価が決まれば転換価額が一義的に決定される仕組みです。

J-KISSの投資家はシード期という相当に早い段階でリスクを取って投資をしていることとのバランス上、シリーズAにおいて登場する投資家より有利な価額で株式を取得できるようにする必要があります。このため、J-KISSの転換価額はシリーズAの資金調達における株価の20%引きとするなど一定のディスカウントが投資契約書で定められています。ただし、ディスカウントだけだと、投資先のスタートアップの事業が成功しシリーズAにおける株価が上がれば上がるほどJ-KISSの投資家が取得できる株数、ひいては持株比率が低下する関係にあります。これだと、J-KISSの投資家はスタートアップの事業の発展を支援するインセンティブを失います。

そこで、ディスカウントとは別に転換価額についてバリュエーションキャップを用いた算定方法も併用することができます。すなわち、バリュエーションキャップとして評価額の上限を定めて当該上限額をシリーズA直前の発行済株式数で割った金額を転換価額とする選択肢をJ-KISSの投資家に与えるのです。このようにディスカウントとバリュエーションキャップを併用すれば、J-KISSの投資家はいずれが有利な方を選択することができます。

J-KISSによる資金調達後の投資シナリオ

J-KISSでは次の3パターンのシナリオを想定し、投資家が投資金額を回収する方法を用意しています。

投資家サイドとしては、J-KISSにより投資した後にどのようなシナリオが予定されているかは重要な関心事です。特にシード期の投資は一般にリスクが高く、投資後の会社の事業展開のシナリオに幅があります。J-KISSでは次の3パターンのシナリオを想定し、それぞれについて投資家が投資金額を回収する方法を用意しています。

  1. シリーズAにおいて資金調達に成功する場合
  2. シリーズAの資金調達前に買収される場合
  3. シード投資後の一定期間内に1.2.のいずれも発生しなかった場合

1.は想定通りに進んだ場合のシナリオであり、前述のようにシリーズAの資金調達の段階で新株予約権が株式に転換されることになります。
2.はシリーズAに至る前に他社に買収されるシナリオです。この場合、J-KISSでは投資家に出資額の2倍の金額が返還されることとされています。買収時点でスタートアップはJ-KISSの投資家から提供された資金を活用して企業価値を増大させているため、スタートアップの創業者は買収により自己の投資額を超える利益を獲得することになります。したがって、これとのバランス上、J-KISSの投資家にも増大した企業価値に見合う利益を取得させるべきといえます。このため、J-KISSの投資契約書ひな形では買収が発生した場合、投資家に出資金額の2倍を返還することとが定められています。

また、3.のように一定期間が経過しても事業展開がうまくいかず成長軌道に乗らないケースも当然ながら想定されます。この場合には、本来であればシリーズAに入るはずである一定期間(J-KISSでは18か月以上を想定)の経過時点で1.または2.が発生しなければ普通株に転換できることとされています。このときの転換価額は、上で説明したバリュエーションキャップにより算定されます。

まとめ

J-KISSの仕組みを理解するためには、会社法で定められている株式の仕組みや企業のファイナンス全般について勉強する必要があります。創業段階ではこのような勉強は後回しになりがちですが、ファイナンスはスタートアップが順調に成長していくためには欠かせない知識です。このため、資金調達を検討している場合には事前に弁護士等の専門家にも相談しながら理解を深めていくことをおすすめします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る