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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

投資契約における取締役派遣条項とは

ベンチャー企業がベンチャーキャピタル(VC)から投資を受ける際に、投資契約に規定されることがある条項として、取締役派遣条項があげられます。
取締役派遣条項について、なんとなくのイメージはつくかと思いますが、取締役派遣条項について、そもそもどのような条項であるか、また、法的にどのような意味があるかについて、必ずしも十分に理解がされていない場合もあります。
そこで、本記事では、投資契約における取締役派遣条項について説明をします。

取締役派遣条項とは

取締役派遣条項とは、VC等の投資家がベンチャー企業等に対して、自社の関係者をベンチャー企業等の取締役に就任させることを目的として派遣することを内容とする条項のことをいいます。

取締役派遣条項の意義

取締役派遣条項が規定されている意義とは、どのようなものでしょうか。

投資契約の中で、取締役派遣条項が規定される意義として、以下の2つが考えられます。

  1. 取締役会の意思決定の監視監督機能
  2. 会社の内部情報把握機能

取締役会の意思決定の監視監督機能

まず、1つ目の意義として、VC等の投資家が、自社の関係者を取締役として派遣することにより、ベンチャー企業等における事業運営が適切に行われているかを監視監督するという意義があります。ベンチャー企業等の取締役会に、VC等の関係者をベンチャー企業等の取締役として関与させることにより、VC等はベンチャー企業等において、事業計画に沿った適切な事業運営が行われているかを監視監督することができるようになります。

法律的には、株主総会の決議について、「株主総会の決議は、定款に別段の定めがある場合を除き、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数をもって行う」(会社法309条1項)と規定されており、取締役として過半数に満たない人数しか派遣されなかった場合、VC等は、ベンチャー企業等の取締役会の意思決定を法律的に支配することはできません。ただ、VC等の関係者が、取締役会に関与し、意見を述べることにより、取締役会に影響を与え、実質的に取締役会の意思決定を支配するという状況が生じることが考えられます。

また、派遣された取締役が取締役会で発言を行ったにも関わらず、他の取締役が、その発言を無視して意思決定を行い、それにより会社に損害が生じるなどの状況が生じると、派遣された取締役の発言を無視した他の取締役が、善管注意義務や忠実義務に違反したと評価されるリスクが高まり、結果として、適正な意思決定が行われることが期待できるようになります。

会社の内部情報把握機能

投資契約における取締役派遣条項の2つ目の意義は、会社の内部情報把握機能になります。VC等の投資家が、自社の関係者をベンチャー企業等の取締役会に取締役として関与させれば、取締役会で上程された内部情報を把握することができるようになります。また、取締役として関与している以上、取締役としての職務を行うために他の取締役に情報の開示を要求することもできるようになります。

VC等から派遣された取締役も取締役であることには変わりませんので、他の取締役が、VC等から派遣された取締役から、職務を行うために情報を開示することを要求されてしまったら、これを拒むことは難しいといえます。

オブザーバーとしての派遣

VC等が自社の関係者を取締役として派遣する方法に似た方法として、取締役としてではなく、オブザーバーとして派遣するという方法があります。これは、ベンチャー企業等の取締役会に取締役として関与するわけではありませんが、オブザーバーとして関与をすることになりますので、取締役派遣条項と似た影響が生じることになります。オブザーバーとして派遣される場合、基本的に取締役として関与する場合よりも影響力は小さくなりますが、取締役としての責任を負ってしまうリスクや取締役をやめることができないなどのリスクを回避することができるようになります。

ベンチャー企業等からみた取締役派遣条項の留意事項

以上、取締役派遣条項の意義について説明しました。

以下では、投資契約における取締役派遣条項について、ベンチャー企業等からみた場合の留意事項について説明をします。

派遣される取締役の人数

前述のように、株主総会の決議については、「株主総会の決議は、定款に別段の定めがある場合を除き、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数をもって行う」(会社法309条1項)ものとされています。そうしますと、ベンチャー企業等が、多くのVC等の関係者を取締役として受け入れてしまうと、VC等に会社の主導権・経営権を奪われてしまうことになりますので注意が必要です。

また、ベンチャー企業等が、過半数を保持している場合でも、ギリギリ過半数を保持という状況であれば注意が必要です。なぜなら、ベンチャー企業等の取締役がVC等の側に同調し、VC等に過半数を奪われるということも考えられますし、議案によっては、ベンチャー企業側の取締役が、特別利害関係人として議決に加わることができず(会社法369条2項)、過半数を満たすことができないという状況が生じることも考えられるからです。

そのため、ベンチャー企業等としては、余裕をもって過半数を維持しておくことが望ましいといえます。

派遣される取締役の性格や人間性

派遣される取締役については、様々な性格、考え方や人間性を持った人がいます。派遣される取締役が、ベンチャー企業等と相性が合わないと、ベンチャー企業等の取締役を萎縮させることとなり、建設的な議論や、円滑な意思決定ができないというような状況が生じることになりかねません。

そのため、取締役の派遣を受けるベンチャー企業等としては、派遣される取締役との相性についても検討をし、相性が合わなければVC等に他の関係者を取締役として派遣してもらえるような体制作りをしておくことも大切になります。

VC等の投資家からみた取締役派遣条項のチェックポイント

VCの投資家側からみる取締役派遣条項における留意すべき点とは?

以上、ベンチャー企業等からみた取締役派遣条項の留意事項について説明をしましたが、以下では、投資契約における取締役派遣条項について、VC等の投資家からみた場合の留意事項について説明をします。

取締役としての責任

VC等の関係者が、ベンチャー企業等へ取締役として派遣された場合、当然取締役としての責任を負うことになります。そのため、忠実義務や善管注意義務に違反しないように、取締役としての職務を適切に行うことができる関係者を派遣する必要があります。

VC等が取締役を派遣する場合、万が一に備え、派遣される取締役について、責任限定契約を締結しておくことや役員賠償保険に加入しておくことが望ましいものと考えられます。

利益相反との関係

派遣された取締役は、VC等の関係者であると同時にベンチャー企業等の取締役でもあります。そうすると、会社の存続のためには必要であるが、株式の価値が下がってしまう可能性がある行為を行わざるを得ないという状況が生じる事があり得ます。このような場合、派遣された取締役は、どのような行動や発言を行うことが適切かを考え、慎重な判断を行うことが必要となります。

ベンチャー企業等の取締役への責任追及

VC等から関係者をベンチャー企業等の取締役として派遣し、取締役会に関与させている以上、問題が起こった場合の責任の一旦はVC等側にも事実上認められることとなります。そうしますと、VC等がベンチャー企業等やベンチャー企業等の他の役員に責任追及を行うことは事実上困難となります。

取締役をやめることの困難性

派遣された取締役について、利益相反が生じてしまう場合や、投資の回収が見込めないなどの様々な理由で、取締役を辞任した方が望ましい状況が生じることがあります。ただ、会社法346条1項では、「役員(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役若しくはそれ以外の取締役又は会計参与。以下この条において同じ。)が欠けた場合又はこの法律若しくは定款で定めた役員の員数が欠けた場合には、任期の満了又は辞任により退任した役員は、新たに選任された役員(次項の一時役員の職務を行うべき者を含む。)が就任するまで、なお役員としての権利義務を有する。」と規定されており、新たな役員が選任されないと、それまでの間実質的に取締役を辞任できないという状況が生じるおそれがあります。また、複数のVC等が取締役を派遣している場合には、会社法346条1項と取締役の人数の関係で、辞任ができるか否かが早い者勝ちで決まるという状況になってしまう事も考えられます。

そのため、VC等が取締役を派遣する場合には、ベンチャー企業等の取締役の数や他のVC等から派遣されている取締役の数等を考え、取締役の派遣を行うかどうかを慎重に検討する必要があります。

株主であるVC等への情報開示

VC等から派遣された取締役についても、通常の取締役と同様、善管注意義務を負います。そうすると、派遣された取締役が、一株主にすぎないVC等に対し、取締役として得た情報を漫然と開示してしまうと、取締役の善管注意義務に違反する可能性があります。そのため、VC等としては、投資契約で取締役派遣条項を規定する場合、同時に、派遣された取締役がVC等に対して、取締役として知り得た情報を開示することを認める条項を規定しておくことも重要となります。

まとめ

以上、投資契約における取締役派遣条項について説明をしました。取締役派遣条項について、ベンチャー企業等からみた留意事項、投資家からみた留意事項という形で記載をすると、規定をするためには、とても注意をしなければならない条項のように見えてしまいます。ただ、VC等には経験豊富な優秀な人材が多くいますので、ベンチャー企業等は、そのような優秀な人材の力を借りて会社を大きくし、VC等は、人材を派遣し、会社を成長させることにより、より大きなリターンを得るというWinWinの関係を構築することが、取締役派遣条項の本来目指すところになります。このような取締役派遣条項の本来の役割を十分に発揮させるために、専門家である弁護士に投資契約書を作成してもらうか、弁護士によるアドバイスを受けるということが望ましいといえます。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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