なりすましの削除やIPアドレス開示請求

誹謗中傷を行う方法として、ある人になりすます方法は、以前からよく行われてきました。

例えば、Twitterに特定の女性と同じ名前でアカウントを作成し、又は、極めて類似したユーザー名とし、トップページにその女性の顔写真を用いたうえで、わいせつ画像をアップしたり、その女性のメールアドレス等を記載して、不特定の男性との交際を求めたりするといった方法があります。 このような場合、当該記事の削除やIPアドレスの開示を求めるには、なりすまされた人が、自分に関する何らかの「権利」の侵害を主張する必要があります。一般論として、ネット上の投稿の削除やIPアドレスの開示を求めるには、単に「不適切な投稿である」という主張を行うだけでは足らず、「その投稿によって自分の権利が侵害されている」と主張する必要があるからです。

なりすましによる権利侵害とは

「権利」というと難しく思えますが、例えば上記のように、

Twitterに特定の女性と同じ名前でアカウントを作成し、トップページにその女性の顔写真を用いたうえで、わいせつ画像をアップした (※1)

というケースを考えてみましょう。この場合、こうした投稿を見た第三者は、その女性自身がわいせつ画像をアップロードする人物である、という印象を持つことになります。ということは結局、この犯人は、

当該特定女性は、わいせつ画像をアップロードするような人物である(※2)

と書き込んだのと同じ効果をもたらすような投稿を、「なりすまし」によって実現した、ということになります。※2は当該特定女性の名誉権を侵害する行為ですし、※1もそれと同様に、当該特定女性の名誉権を侵害する行為です。

名誉権以外にも、例えば、「なりすまし」の過程で自らのメールアドレス等が公開されたり、写真を利用されたりしたら、それらを理由としたプライバシー権侵害や肖像権侵害を主張する手もあります。

ただ、なりすましに対する削除やIPアドレス開示請求が認められるのには、いくつかの条件があります。

なりすましが成立しているか否か

他人になりすました投稿によってある人の名誉、信用、プライバシー権及び人格権が侵害されたと主張するためには、少なくとも、通常の判断能力を有する一般人が、そのなりすまし投稿をした人間と被害者とが同一人物であると誤認し得る程度のものであることが必要とされます。

東京都豊島区でマンション建設を計画していた原告が、Yahoo!掲示板の書き込みに対する原告の解答という形で原告の名を冒用して書き込みがなされたとして、Yahoo!JAPANに、記事削除と発信者情報開示を請求しました。

この裁判で、名古屋地方裁判所は、2005年1月21日、原告本人であるかのような投稿者名を使用して本件書き込みがなされており、「他人の名義を冒用した表現行為がなされた場合、当該表現行為上に表れた名義人(被冒用者)が当該表現行為の主体であると誤認されることとなる結果、名義人(被冒用者)の名誉、信用、プライバシー権及び人格権が侵害されることはあり得るところである」としました。しかし、この場合には、投稿の内容が「今更、ワンルームマンション。誤った新規事業。最低」と、かえってマンション建設の反対派の言動が記載されていたり、およそ原告本人が書くはずのない内容が記載されていることから、「本件書き込みを原告本人による書き込みであると誤信し得ないことは一目瞭然である」として、原告の請求をいずれも棄却しました。

IDが会社名と経営者名から成るものだったのですが、そうしたIDにすることも、また投稿内容からしても、通常の判断能力を有する一般人が、本件書き込みの主体が原告であると誤認することは考えられない、と判断したわけです。

なりすましだとする告発が認められるためには、なりすましが成立していなければなりません。

なりすましにより権利が侵害されたか否か

第三者が自分になりすましてインターネット上の掲示板に投稿したことにより、自己のアイデンティティ権、プライバシー権、肖像権又は名誉が侵害されたとして、男性が経由プロバイダに発信者情報開示の請求を行った2016年の裁判例があります。

大阪地方裁判所は、「本件アカウントを利用し、プロフィール画像として原告の顔写真を使用し、アカウント表示名として『B’』という原告の氏名である『B』をもじった名前(本件ハンドルネーム)を使用したものであるから、本件投稿は、いわゆる第三者が原告になりすまして投稿したものと認めることができる」と、なりすましを認めました。

その上で、発信者が原告になりすまして投稿を行ったことにより原告の権利が侵害されていることが明白であるといえるかどうかを検討したのですが、一般人の普通の注意と読み方を基準とすれば、本件投稿により原告の社会的評価が低下したと認めることはできないとしました。

さらに、本件アカウントのプロフィール画像として用いられた原告の顔写真は、原告が5年ほど前に本件サイトに登録した際に原告のプロフィール画像としてアップロードしたものであって、原告自らが不特定多数の者が閲覧することを予定されたSNSサイト上に公開したものであるから、これが用いられたことにより原告のプライバシー権が侵害されたと認めることはできないし、原告の顔写真は原告が自ら公開したものであるから、本件投稿により原告の肖像権が侵害されたと認めることもできないとしました。

他人になりすまされない権利としての「アイデンティティ権」

この裁判では、アイデンティティ権の侵害についての判断が注目されました。 判決は、なりすまし行為自体が自己のアイデンティティ権の侵害であると主張する原告に対し、

確かに、他者との関係において人格的同一性を保持することは人格的生存に不可欠である。名誉毀損、プライバシー権侵害及び肖像権侵害に当たらない類型のなりすまし行為が行われた場合であっても、例えば、なりすまし行為によって本人以外の別人格が構築され、そのような別人格の言動が本人の言動であると他者に受け止められるほどに通用性を持つことにより、なりすまされた者が平穏な日常生活や社会生活を送ることが困難となるほどに精神的苦痛を受けたような場合には、名誉やプライバシー権とは別に、「他者との関係において人格的同一性を保持する利益」という意味でのアイデンティティ権の侵害が問題となりうると解される。

大阪地方裁判所2016年2月8日判決

としました。

そして、本件の場合、投稿が原告本人ではない者によるものである可能性がなりすまし行為の直後に他から指摘され、遅くとも1か月余りのうちに原告本人を想起させる写真及びハンドルネームが本件掲示板から抹消されているので、人格権としてのアイデンティティ権の侵害として不法行為が成立する場合があり得るとしても、本件投稿について検討する限り、損害賠償の対象となり得るような個人の人格的同一性を侵害するなりすまし行為が行われたと認めることはできないとし、アイデンティティ権、プライバシー権、肖像権又は名誉のいずれもが侵害されたとは認められないとしました。

結局、「なりすましているだけ」ではどんな権利も侵害してはいないことになるので、発信者情報開示請求は棄却されました。しかし、この裁判は他人になりすまされない権利を「アイデンティティ権」として認めた、初めてのものとして、話題になりました。

プロフィール写真とプライバシー権・肖像権

なりすまし投稿が肖像権、名誉権、プライバシー権の侵害につながるケースも。

長野県在住の男性が、GREEの掲示板に自分になりすました投稿がなされ、肖像権などを侵害されたとして、大阪府枚方市の男性に損害賠償を求めた訴訟の判決が、2017年8月30日にあり、大阪地方裁判所は被告男性に損害賠償の支払いを命じました。

原告男性はこの訴訟に先立ち、2015年10月に発信者情報の開示を求めて提訴し、一審は棄却されましたが、2016年10月、大阪高等裁判所の開示命令判決を受けて被告を特定し、損害賠償を求める訴訟を起こしたのです。

判決では、「一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準にすれば、本件投稿は、原告によって行われたと誤認されるものであると認めるのが相当である」と、なりすましであることが認められました。

また、投稿は、いずれも他者を侮辱や罵倒する内容であり、第三者に対して原告が他者を根拠なく侮辱や罵倒する人間であるかのような誤解を与えるものであるといえるから、原告の社会的評価を低下させているとして、原告の名誉権が侵害されたことを認めました。

プライバシー権の侵害に関しては、プライバシー権は私生活上の自由の保護をその中核とし、他人に知られたくない私生活上の事実又は情報をみだりに公開されない利益又は権利を内容とするものと一般に理解されています。しかしこの場合、原告は被告に使用された顔写真をGREEのプロフィール画像に自ら設定していたのであり、原告自身によって不特定多数の者がアクセス可能な公的領域に置かれていたのであるから、他人に知られたくない私生活上の事実や情報に該当するとはいえないと判断されました。これは、これまでの裁判と同様の判断です。

ただし、肖像権については、被告は原告の顔写真を本件アカウントのプロフィール画像として使用し、原告の社会的評価を低下させるような投稿を行ったわけなので、被告による原告の肖像の使用目的に正当性を認めることはできなく、原告を侮辱し、原告の肖像権に結びつけられた利益のうち名誉感情に関する利益を侵害したと認めました。 つまり、原告が公開した顔写真であっても、その無断使用については、肖像権侵害による不法行為を認めたわけです。

アイデンティティ権の侵害は認められたか

この判決でも、アイデンティティ権については、

個人が、自己同一性を保持することは人格的生存の前提となる行為であり、社会生活の中で自己実現を図ることも人格的生存の重要な要素であるから、他者との関係における人格的同一性を保持することも、人格的生存に不可欠というべきである。したがって、他者から見た人格の同一性に関する利益も不法行為法上保護される人格的な利益になり得ると解される。

大阪地方裁判所2017年8月30日判決

と、2016年2月の大阪地方裁判所判決と同じく、その存在を認めましたが、

他者から見た人格の同一性が偽られたからといって直ちに不法行為が成立すると解すべきではなく、なりすましの意図・動機、なりすましの方法・態様、なりすまされた者がなりすましによって受ける不利益の有無・程度等を総合考慮して、その人格の同一性に関する利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものかどうかを判断して、当該行為が違法性を有するか否かを決すべきである。

同上

とし、GREEの利用者の場合、アカウント名・プロフィール画像は自由に変更することができるのだから、通常は一生涯個人を特定・識別して個人の人格を象徴する氏名とは異なり、利用者とアカウント名・プロフィール画像との結び付きないしアカウント名・プロフィール画像が具体的な利用者を象徴する度合いは、必ずしも強いとはいえないとして、アイデンティティ権の侵害は認めませんでした。

まとめ

大阪地方裁判所2016年2月8日判決も大阪地方裁判所2017年8月30日判決も、名誉権、プライバシー権、肖像権で保護されない部分をアイデンティティ権の範囲として考えています。

また、大阪地方裁判所2016年2月8日判決では「なりすまされた者が平穏な日常生活や社会生活を送ることが困難となるほどに精神的苦痛を受けたような場合」とされていた要件が、大阪地方裁判所2017年8月30日判決では「その人格の同一性に関する利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものかどうか」と、かなり緩やかになっています。

従来の裁判例では、「なりすましているだけ」という場合には、侵害された権利はないとされてきたのですから、アイデンティティ権を認めたこの2つの判例は、大きな一歩と言えるでしょう。

アイデンティティ権を裁判所が認めれば、名誉毀損等に該当しないケースであっても、「なりすまし」一般に関して、削除や、犯人特定のための「発信者情報開示請求」という手続を行うことができるようになります。

今後増えるだろうアイデンティティ権に関する判例に注目していきたいものです。その中で、アイデンティティ権の範囲と要件は、さらに明確化していくでしょう。

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