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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

風評被害対策

誹謗中傷対策において重要な「削除仮処分」とは

風評被害対策

誹謗中傷対策における削除仮処分とは

インターネット上で、誹謗中傷や風評被害を受けた場合、当該記事の削除を検討することとなります。そして、記事の削除を行う場合、まずはサイト運営者やサーバー運営者に対する削除請求を検討することとなります。しかし、裁判所を用いずに内容証明(送信防止措置請求書)などの形式で削除を求めても、「交渉事」という性質上、相手が削除に応じてくれるとは限りません。こちらに理があり、記事が削除されるべきであったとしても、結局「交渉事」である以上、相手が任意に削除に応じてくれない限り、削除を強制することはできないからです。そしてそうした場合には、裁判所を通じて削除を求めることになります。

これは、例えば、人に貸したお金が返ってこない場合と同じです。お金を貸して、返して貰う権利がある以上、まずは相手に対して直接、場合によっては内容証明などの手段を用いて返金を求めるべきですが、相手が返金に応じてくれない場合、最終的には裁判所を通じて返金を求めることになります。誹謗中傷記事の削除も同様です。

ただ、例えばお金を返して貰う場合など、通常の裁判所手続と異なるのは、誹謗中傷記事の削除の場合、「裁判(訴訟)」ではなく、「仮処分」という手続を用いることができるという点です。仮処分とは、一言で言えば、裁判所を通じた、しかし裁判よりも短期間で終わる手続です。もちろん具体的な事案によって長短はありますが、

  • 裁判:3-12ヶ月程度は必要。場合によっては年単位となる。
  • 仮処分:1-2ヶ月程度で終わるケースが多い。

という程度に、必要な期間が異なるのです。

本記事では、誹謗中傷記事の削除に関する仮処分手続の概要や流れを解説します。

仮処分とはどのような手続か

仮処分とはどのような手続で、そして、何故この手続で誹謗中傷記事の削除が可能なのか、というのは、少し難しい話になります。

まず、一般に仮処分とは、正式裁判の前に、裁判に勝訴したときと同様の状態を確保することができる手続きのことです。例えば、会社員が濡れ衣をきせられてクビを宣告され、その解雇の無効を争うケースを想定してみてください。「解雇が無効かどうか」は、訴訟でじっくりと決めるべき問題です。ただ、訴訟を行っている間、その会社員が「クビ」のままだと困ります。給料をもらえないし、仮に1年後に「クビは無効だったので会社に復帰して下さい」と言われても、実際問題として仕事に戻ることは困難でしょう。そこで、「解雇が無効かどうかは訴訟で時間をかけて決めるとして、とりあえず解雇は無効だということにする」という仮処分を用いるわけです。これが認められれば、会社に勤務して給料をもらいながら、解雇の無効を訴訟で争うことができます。訴訟で勝てばそのまま働き続けることができ、負けたら「やはり解雇は有効だった」ということになり、その時点で会社を去れば良いことになります。

誹謗中傷対策における仮処分もこれに近いものといえます。つまり、「その記事が違法かどうかは訴訟でじっくり決めるとして、しかし、訴訟を行っている間ずっと記事が掲載されていると被害が拡大するので、とりあえず一旦、記事は違法だということにする」という手続です。この仮処分に勝てば、その記事は「とりあえず一旦違法ということになる」ので、削除されます。

理論的には、この後、訴訟を行う必要があります。訴訟に負けて「記事は違法ではなかった」という場合、又は、そもそも訴訟を提起しなかった場合には、その記事を復活されても文句は言えません。

ただ、実際問題として、仮処分で「違法」と判断された記事は、訴訟でも同様に「違法」と判断される可能性が高いので、ほとんどの場合において命令を受けた相手方は、「仮処分で違法となった時点で記事を消し、その後訴訟が提起されなくても復活させない」という運用をしています。だから、訴訟を使う意味は特になく、民事保全法に定められた仮処分の手続きを「迅速に終わる訴訟」として使えば十分ということになるわけです。

削除の仮処分が認められるために必要なこと

削除の仮処分が認められるためには、

  1. 被保全権利
  2. 保全の必要性

という2つの要件を満たさなければなりません(民事保全法13条1項)。

被保全権利とは

1の被保全権利とは、仮処分命令の発令などを通して「守るべき権利」のことをいい、ネット記事削除の場合、例えば、以下のような権利が被保全権利として認められています。

  • 名誉権
  • プライバシー権
  • 営業上の権利
  • 著作権
  • 商標権

つまり、誹謗中傷記事の削除を求めるには、単に「その記事のせいで自分は迷惑をしている」と主張するのみでは足りず、「その記事は、私の権利を侵害している」と主張する必要がある訳です。

そして、ある誹謗中傷記事が存在することで、自分のどのような権利が侵害されていると言えるのか、というのは、狭義に法律問題です。それぞれの権利の性質、どういった要件が満たされる場合に「その権利が侵害された」と言えるのか、という点を精査し、具体的な記事内容との関係で主張を組み立てなくてはなりません。これは、誹謗中傷対策の経験が豊富な弁護士の専門領域と言えるでしょう。

例えば一例として、上記の「名誉権」は、概要、下記のような条件が満たされている場合に「侵害されている」と言えます。

  • 当該誹謗中傷記事は、個人の感想などではなく、具体的な事柄を述べている
  • 当該誹謗中傷記事によって、自身の社会的な評価が低下している
  • 当該誹謗中傷記事は、真実に反する

名誉権侵害(名誉毀損)の成立要件に関しては、下記記事にて詳細に解説しています。

また、プライバシー侵害については下記記事にて詳細に解説しています。

これらも、その他の権利も、

  • どのような場合に侵害されていると言えるか
  • 当該誹謗中傷記事との関係で侵害されていると言えるか
  • それをどのような証拠で基礎付けることができるか

というのは、非常に専門的な判断です。

保全の必要性とは

2の保全の必要性とは、その問題を裁判ではなく仮処分手続によって解決するべき理由のことです。

上記のように、仮処分は、裁判に比べると非常に迅速な手続です。これは相手方から見れば、「じっくり裁判で争えば勝てたかもしれないのに、迅速な手続であったために負けて、不必要に記事を削除することになってしまった」となってしまう可能性がある、ということです。「保全の必要性」とは、「そうであったとしても速やかに仮処分によって誹謗中傷記事を消すべき理由」ということです。

ただ、インターネット上で誹謗中傷記事が公開されている場合、当該誹謗中傷記事が存在することによって、被害者は日々社会的な不利益を受けたり、プライバシー情報を公開され続けて精神的損害を受け続けたりすることになります。 特にインターネットは、一度公開された情報が拡散されやすいメディアであり、そうしたメディア上に誹謗中傷記事が公開されているということは、被害者側から見て、例えば書籍に自身に対する誹謗中傷が掲載されている場合より緊急性の高いケースが多いでしょう。 そうした、インターネット上の誹謗中傷記事を消すことについて、「保全の必要性」は、通常は認められます。

削除の仮処分の流れ

仮処分の申し立て

仮処分手続による誹謗中傷記事の削除を求める場合、まず、裁判所に「記事削除の仮処分命令の申し立て」をします(民事保全法23条2項)。

被害者は、被保全権利の内容・権利侵害の事実・保全の必要性を記載した申立書と、それらを証明するための証拠を提出する必要があります(民事保全法13条)。申立書とは、裁判(訴訟)における「訴状」と同様の機能を有する書面であり、問題の誹謗中傷記事が、いかなる意味で自分の権利を侵害するものであるか、前述の被保全権利の存在と保全の必要性を主張するものである必要があります。

また、裁判も仮処分も、上記のような主張は証拠によって基礎付けられている必要があるのですが、仮処分の場合、証拠による立証は、裁判の場合の「証明」と異なり、「疎明」で足りるとされています。文字が示す通り、通常の裁判で求められる「証明」よりは確信程度が低くても構わないことになっているのです。これが、迅速な手続である仮処分の特徴であり、ただその分、上記のように「保全の必要性」が求められ、また、後述するように「担保金」という制度が存在する理由となっています。

提出する証拠については、記事が掲載されているウェブサイトをプリントアウトしたもの等があり得ます。

また、この仮処分申立を、どこの裁判所で行うことができるか、という問題があります。この問題はさらに細分化すると、

  1. そもそもその紛争を日本国内の裁判所に扱わせることができるか
  2. 扱わせることができるとして、国内のどの裁判所か(例えば東京地方裁判所なのか大阪地方裁判所なのか)

という問題に分かれます。前者は「国際裁判管轄」と呼ばれる問題です。結論として、TwitterやFacebookなど、メジャーな海外法人運営サイトであれば国際裁判管轄は問題なく認められますが、海外法人の登記の取得・書面の翻訳など、独特なノウハウが必要となります。

また、後者の判断は、非常に専門的です。

審尋

裁判所に対して仮処分の申立を行うと、「審尋」という裁判における口頭弁論のような手続きが行われます。裁判とは異なり、裁判官と弁護士が机をはさんで話し合う手続きです。

テレビドラマのイメージと異なり、裁判における口頭弁論は、書面中心です。片方の弁護士が演説を行い、もう一方の弁護士が「異議あり!」と叫ぶ…というものではありません。弁護士は口頭弁論に書面や証拠を持参し、「この書面に書いてある通りに陳述します」と述べ、「この証拠類を提出します」と述べ、そして次回期日のすりあわせを行います。「議論」は書面ベースで行われるのがほとんどです。

しかし裁判と異なり、仮処分は実際に裁判官の前で実質的な議論が行われます。

  • この記事は違法か否か
  • 記事の違法性との関係で争点は何か
  • どういった証拠を追加すれば違法と認めてもらえるか、
  • どういった証拠が出てきたら違法と言えなくなるか

そういった実質的な議論を、テーブルの向こうに座った裁判官と短時間で行う必要があるのです。その意味で、仮処分は裁判よりも弁護士の腕が問われる場です。 また、審尋と次回の審尋の間隔は、数日から1週間程度です。仮処分は裁判と比べ、非常にスピーディーなのです。場合によっては、この期間で証拠を集め、新たな書面を作成する必要があります。これはなかなか難しいので、可能な限り、最初の段階で必要な証拠や主張を全て揃えて持って行くことが重要となります。

また、こうした場面では、あらゆる事柄に関して、証拠が必要となります。例えば、ある会社がブラック企業という誹謗中傷被害を受けている場合、「当社はブラック企業ではない」という事実を主張し、それを証拠によって支えるため、従業員のタイムカード等を証拠として提出する、といった具合です。どのような証拠があれば裁判所に削除を認めて貰えるのか、という判断は、風評被害対策に関する仮処分や裁判を多数手がけている弁護士が専門性を発揮すべき場面です。

例えば、「ブラック企業」という誹謗中傷被害を受けた場合の主張・証拠などの構成方針に関して、下記記事にて詳細に解説しています。

担保金の納付

審尋の結果、権利侵害が認められ、保全の必要性があると判断されたら、「担保決定」となります。裁判で言えば、「勝訴判決を出すので、担保金を預けて欲しい」と言われるような状態です。裁判所が決定した担保金を法務局に供託せねばなりません(民事保全法14条1項)。

一般論として、仮処分では、勝つ場合には、一定のお金を「担保金」として預ける必要があります。仮処分は迅速な手続ですが、それは相手側から見れば、「じっくりと裁判をしたら勝てたかもしれないのに、迅速さを優先した手続だったので負けてしまった」ともなり得ます。

ネット上の記事削除請求も、審尋で「違法なので削除する」ということになったとしても、相手方はこれに不服であれば裁判によってじっくりと違法性を争うことができます。そして裁判では「やはりこの記事に違法性はなかった」ということになるかもしれません。その場合は「記事を削除させてしまったこと」について、損害賠償を支払わなければならなくなる可能性があります。この引き当てにされる「担保金」を預けておく必要があるのです。記事削除の場合、記事の数にもよりますが、概ね30万円から50万円です。

通常、一定の手続き後に還付されます。

仮処分命令の発令

担保金が供託されると、裁判所により投稿記事削除の仮処分命令が発令されます。先に書いた通り、削除の仮処分命令が発令されると、相手方は、正式の裁判を経なくても削除に応じることが多いため、結果的に投稿記事を削除させるという目的は達成されます。

執行

万が一、仮処分命令を受けた相手方が削除に応じない場合には、執行手続きを取ることができます(民事保全法52条1項)。また、執行の申立てをすると、相手方が削除するまで、裁判所が命じた金額を相手方に支払わせることができます(民事執行法172条)。

まとめ

誹謗中傷記事の削除において、裁判外交渉に失敗した場合、または、裁判外交渉には応じてくれない相手方であることが最初から判明している場合は、裁判所を通じた仮処分手続で当該誹謗中傷記事の削除を求めることになります。「裁判所を通じた手続」というと、非常に長い期間が必要となるイメージがありますが、仮処分は迅速な手続なので、数ヶ月程度で終わるケースが多いものといえます。

ただ、「迅速な手続」ということは、「簡単に勝てる手続」ということではありません。むしろ仮処分の場合、

  • 書面中心な裁判と異なり、審尋手続にて実質的な議論が発生しやすい
  • 審尋期日間の期間が短いため、短期間で補充主張や証拠を揃える必要がある
  • 上記との関係で、申立段階でその後の展開を予想し必要十分な書面や証拠を揃えないと厳しい

というように、裁判よりも弁護士の腕や経験を問われる要素が多いと言えます。誹謗中傷記事の削除にかかる仮処分は、そうした事件の経験が豊富な弁護士に依頼すべきであると言えるのです。

この記事の内容を動画で知りたい方は、弊所YouTubeチャンネルの動画をご覧ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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